第23話 お花畑と恋心?
花畑までは宿屋から徒歩で二十分程かかるようだ。
店主のマシューが言っていた様に、複雑に入り組んだ細い道を何度も曲がるため、二人だけで行っていたら迷っていたことだろう。
道中、二人はフルールと話を弾ませていた。
「お二人とも、私と同年代に見えますけど、おいくつですか?」
フルールが無邪気に尋ねる。ジョシュアは自分が十五とわかるが、リラは記憶を失っている為、正確な年齢がわからない。どう答えようか思案していると……
「僕もリラも十五だよ」
ジョシュアが気を利かせてリラの分も答える。
当然リラの詳しい年齢はわからないが、見る限り同じ年代なので、自分と同じ年だと答えた。
「えっ……! じゃあ私と同じですね!」
フルールは、二人が同じ年だとわかってなぜか一瞬驚いたような顔をしたが、とても嬉しそうだ。
「フルールさんも十五なんだね! もしよかったら、敬語とか無しにしない?」
ジョシュアの提案にリラも横でうんうんと頷く。
「えっと……じゃあ、敬語はなしで」
フルールは少し戸惑いつつも快諾した。
「フフ! 久しぶりに同年代の子と話せて楽しいわ! 宿屋に来るのは大人のお客さんか、その人達の子供……、私より年下の子供が多いから」
「それなら良かった。フルールはあの宿屋でどれくらい働いているの?」
「うーん、働いている期間は二年位なんだけど、あの宿屋にはもう十年近く住んでるわ」
「十年? 住んでるって……?」
リラが何気なく尋ねると、フルールはどこか寂しそうな表情を見せる。
「実は私、小さい頃に両親を流行病で亡くしてね、それからは四つ上のお姉ちゃんと一緒にマシューおじさんに拾ってもらったんだ」
「まあ! そうだったの!」
リラが驚きの声を上げる。
「うん。マシューおじさんはとっても優しくて良い人で、私達を大切に育ててくれたわ」
「そうなんだね。確かに少し話しただけだけど、優しそうな人だなって思った」
ジョシュアが賛同する。
「うん! 三年前まではお姉ちゃんも一緒に暮らしてて、宿屋のお手伝いもしてたんだけど、その時に隣国から来ていたお客さんに見初められて、そのまま隣国のルイーブルに嫁いじゃったんだよね」
フルールの言葉にリラとジョシュアは思わず目を見合わせた。
「隣国! すごい展開だ……」
「そうなのよ。私もマシューおじさんも思わず腰を抜かしそうになったわ。でもお姉ちゃんもその人に一目惚れしてたし、何よりお姉ちゃんが幸せになれるのが一番大切だからって笑顔で送り出したんだけど、時々やっぱり寂しいなって思うわ」
そう語るフルールの目はどこか憂を帯びている。
「そうだよね……。寂しいよね」
少ししんみりとした空気になってしまったので、フルールは明るい声色で付け加えた。
「あ! でもね、嫁いでからも手紙のやりとりはずっとしてたから、そこまで寂しくなかったよ」
その時、ジョシュアはフルールの言い方に少しだけ違和感を覚えた。
……あれ? 過去形……?
今はお姉さんと手紙のやり取りはしてないのかな……?
「なるほど! それなら良かった!」
しかしリラは何も思わなかったようで、素直な反応を見せた。
「うん。主にお互いの近況とか報告していただけなんだけどね。でも、ある日の手紙に、お姉ちゃんの嫁ぎ先の村で、ある女の子と仲良くなったって書かれててね」
フルールはジョシュアの疑問に気づくことなく、さらに話を続けていく。
「その女の子は随分と身なりの良い格好をしていたんだけど、全身ボロボロで……家族に捨てられちゃったみたいで。それでお姉ちゃんは自分の家で面倒を見ることにしたんだって」
やや早口でハキハキと話すフルール。その表情は、どこか懐かしさを感じているように見える。
「しかもその子は私と同じ年で、妹がもう一人できたようで可愛いって書かれてた。綺麗な薄紫色の髪と瞳を持った物凄い美少女だって! それを見て、私ちょっとヤキモチ焼いちゃった」
無邪気な笑みを見せるフルールに、ジョシュアは自分が感じた違和感は気にしないようにした。
「あ、でもその子にはぜひ会ってみたいし、仲良くなりたいなって思ってるわ。お姉ちゃんと三人で会えたら、どれだけ幸せなことか……」
そう言うと、フルールはわずかに視線を落とした。
「フルールはお姉さんのことが大好きなのね」
「うん。お姉ちゃんはとても優しくて……、困ってる人を放っておけないような、思いやり溢れる人だったわ。私はそんなお姉ちゃんが大好きだった……」
微笑みを見せるフルールだが、目の奥には全く別の感情が宿っているように感じられる。
……そしてやっぱり過去形だ。
フルールの話し方に、今度はリラも不思議に思ったのか、
「大好きだった……?」
と聞き返した。
すると、フルールはハッとしたような表情になり、慌てて訂正した。
「あ……、おかしいね! お姉ちゃんのことは今でも『大好き』よ! 私、あまり賢くないから、時々言葉の使い方間違えちゃうの」
あはは……と苦笑いを浮かべる。
「そうだ! 二人は旅の途中って言ってたけど、アルメリ村を出たらどこに向かうの?」
フルールはまるで気まずさを隠すように、別の話題に切り替えた。
「えっと……僕たちは色々な村を旅していてね、ここを出たら次は隣国のウェイスト村っていう場所に行くつもりなんだ」
「え! ウェイスト村!」
ウェイスト村と聞いて、フルールの瞳が大きく揺れ動く。
「フルール……?」
その様子にリラが不思議そうに見つめる。
「あ……ごめん。お姉ちゃんが嫁いだ村もウェイスト村だったから、すごく驚いたの!」
フルールは無理やり笑顔を貼り付けたように、ぎこちなく笑った。
「そうだったの! それはすごい偶然ね……!」
「本当にびっくりしたわ! まさか二人がウェイスト村に行くなんて……」
「そうだ! もし良かったらお姉さんに手紙を届けようか?」
リラの申し出に、フルールは慌てた様子で首を大きく横に振った。
「あ、ううん、大丈夫! この前やりとりしたばかりだから……」
……あれ? やり取り自体は今でも続けてるんだ……。
でも、さっき言葉の使い方が苦手って言ってたから……単に僕の気にしすぎかな?
ジョシュアは再度湧き出てくる違和感を無理やり心の奥にしまい込もうとする。
「そう……?」
リラが、『遠慮しないで』と言いた気にフルールに再度確認する。
「うん、気遣いありがとうね!」
お礼の言葉を述べると、フルールは突如、あ! と短く声を上げ、前方を指差した。
「見て!」
フルールの指差す方向に目をやると、そこには美しい紫色の花が四方八方に咲いているのが見えた。発色の良い鮮やかな色合いで、誇らしげに咲いている。
陽の光に照らされてキラキラと輝くその様は、まるでお伽話の国に迷い込んだかのように幻想的だ。目の前に広がる美しい紫色の絨毯にリラとジョシュアは思わず息を呑む。
「まあ! なんて綺麗なの……!」
リラは恍惚とした表情で美しく咲き誇る花を眺める。
隣にいるジョシュアもその美しさに魅了されているようで、瞳を輝かせていた。
二人の反応にフルールは満足気な顔をしている。
「気に入ってくれたみたいで、良かったわ。この時期はちょうどライラックの花が旬で、たくさん咲いてるの」
リラは美しい花たちを眺め、自分の心が穏やかになっていくのを感じた。
「とっても綺麗……。こんなに美しいお花を見られるなんて……」
夕日に照らされたライラックとそれを眺めるリラが絵になるような美しさなので、ジョシュアは思わず頬を染める。
それを見たフルールがニヤリと小悪魔的な笑みを浮かべ、リラに聞こえないようにジョシュアの耳元で囁くように問いかけた。
「ねえねえ! 気になってたんだけど、ジョシュアとリラってどういう関係なの? 恋人?」
突然そんなことを聞かれ、ジョシュアの心臓は勢いよく跳ね上がった。
「えっ! いやいや、そんなんじゃないよ! ただ一緒に旅をしてるだけで……」
焦った様子で顔を真っ赤にして視線を泳がせるジョシュアに、フルールはまるで面白いものを見つけたように、ニヤニヤしながらさらに質問を浴びせる。
「えー! そうなの? じゃあジョシュアはリラのことどう思ってるの? 好き?」
ジョシュアとリラがお客さんということを忘れているかのような調子で鋭く突っ込んだ。
「えっと……、なんていうか、その……」
しどろもどろになるジョシュア。
「はっきりしないなあ……」
意地悪そうな笑みを浮かべるフルール。
「いやー……、リラはほら、見ての通り、絶世の美女だから、引く手数多だろうし、僕じゃなくて……もっとこう……カッコよくて高貴な身分の人との方が釣り合うよ」
いつも明るく、前向きなジョシュアにしては珍しく弱気な発言だ。
「えー! 確かにリラはすごい美人だけど……でもジョシュアだってイケメンだし、お似合いだと思うけどなあ……」
「あはは……。それはありがとう……」
フルールの猛攻に、つい苦笑いを浮かべるジョシュアだった。
そして、リラを初めて父ブライアンに会わせた時、ブライアンが言った言葉をふと思い出す。
『もしかしたらリラちゃんは、貴族階級……。良い所のお嬢さんだったのかなって思ったんだ』
……そう。リラが全ての記憶を取り戻して、身元が明らかになれば………。そしてもし貴族階級だったとしたら……。
僕はリラと一緒にいられないかもしれない。
だから……、これ以上の気持ちが芽生えませんように……。
ジョシュアとフルールが何やら楽しそうに話しているのを見て、リラは
「何の話をしているの?」
と不思議そうな顔で見つめる。
「ななな何でもないよ!」
焦るあまり、つい声が裏返る。
すると、フルールがクスクスと悪魔的な笑みを見せて言った。
「ジョシュアが、花を眺めているリラに見惚れてたよ!」
フルールの言葉にジョシュアがさらに慌てふためく。
「ちょっ……! フルール! ああ、リラ、気にしないで! そろそろ日も暮れるし、宿に戻ろう!」
ジョシュアは照れ隠しなのか、すぐに顔を背けて踵を返した。
「う、うん……!」
ジョシュアの背中を追いかけるリラの頬は、夕日に照らされた影響なのか、ほんのりと赤みが差していた。
そんな二人の様子を後ろから黙って見つめるフルール。
その表情は、先程までジョシュアをからかっていたような小悪魔的なものは一切なく、むしろ歪んでいた。
暗く淀んだ瞳の奥に、僅かながら憎悪の色が見え隠れしていることに、誰も気づきはしなかった。
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