第21話 最期の時間
聞き覚えのある声にリラはハッと我に帰る。
と同時にエドモンドを飲み込んでいた水も消えた。
「ゴホゴホ……」
溺れかけていた所を何とか助かったエドモンドだが、大量の水を飲み、苦しそうに咳き込んだ。
そんなエドモンドには目もくれず、声が聞こえた方向に顔を向けるリラ。
そこにいたのは……
焼け死んだはずのルナの姿。
「ルナ様……!」
震える声でその名を呼ぶ。
「どうして……」
涙声で尋ねると、ルナは悲しそうな目でリラを見つめた。
「ごめんね……。時間が十分しかないからそんなに話せないんだけど、これだけは伝えたくて……」
「……はい」
「私、また転生することになったの。今度はもっと多くの人々を救って見せるわ。だから、もう悲しまないで」
「ルナ様……」
ジョシュアもルナの姿を目で捉えると、驚いたような、でもどこか安心したような表情を浮かべた。
「ジョシュア君」
優しく呼びかけると、ルナはジョシュアに右手をそっとかざした。
「え……?」
手をかざされたジョシュアの体が柔らかいオレンジ色の光に包まれていく。治療を行った時と同じく、温かくて優しい光。
途端に自分の体の中に力が漲ってくるのを感じた。
「ジョシュア君、私の残りの魔力をあなたに託します」
思いもよらぬルナの言葉に困惑を見せるジョシュア。
「ルナ様! それは……!」
「ジョシュア君に使って欲しいの。リラちゃんやあなた自身を守るためにもね」
心に訴えかけるような真剣な表情と力強い声に、もはや首を縦に振る以外の選択肢はなかった。
「……わかりました。そういうことでしたら……。このお力、ありがたく頂きます……!」
ジョシュアの返事に温かい笑みで答えるルナ。
「力の使い方を簡単に説明するわ。例えば相手の怪我を治すとすると、まず相手の生命力をあげるイメージをすること、そして心で念じて魔力を注ぐ部分に手をかざすこと」
何しろ時間がないので、ルナはざっくりとした説明しか出来なかったが、ジョシュアは何とか理解しようと努める。
「大丈夫。初めは慣れないかもしれないけれど、練習を重ねれば、自然とできるようになるわ。コツとしては、出来るだけ鮮明で具体的なイメージをすることかな」
「はい……!」
その真剣な眼差しに、ルナは何も心配はいらないというような穏やかな心情になった。
……きっとこの子なら、正しい力の使い方をしてくれるわね。
そして次にリラの方に向き合う。
「それから……、リラちゃん。それがあなたの言っていた力ね?」
「はい……」
気まずそうに視線を地面に落とした。
「凄い力が宿ってるのね。でも、エドモンドを攻撃する必要はないわ」
「え……?」
ルナの言葉に、パッと顔を上げる。
「エドモンドはもう間も無く死ぬわ。私の魔力と……毒薬でね」
ルナの言っている意味がわからず、目を丸くする二人。
「エドモンドの治癒の時、リラちゃんに見えていた青い光はね、あれは生命力を奪う光なの。治癒じゃないわ。生命力を徐々に奪っていくから痛みも感じにくくなっていくのよ」
「生命力を奪う……」
「そう。細胞を活性化させるのとは反対の力。少しずつだから即効性はないけどね。だから本当ならあと数年かかる予定だったのだけど……、エドモンドが手に入れた『Eternal Peace』の効果で死期が急速に早まったの」
「Eternal Peace……?」
初めて聞く言葉に二人とも怪訝な顔で首を傾ける。
「ええ。今日、私がエドモンドの屋敷を訪れた時に、魔法の薬が手に入ったから、私はもう用済みだって言われたの。魔法の薬と聞いて、すぐに理解したわ。あれは私の家系が生み出した強力な魔力が込められた薬だもの」
「……魔力が込められた……。なるほど。それで魔法の薬だと……」
納得顔で呟く。
「そう。私がエドモンドに使っていた生命力を奪う力の強力版って所かしら。それと一種の生命維持の魔力を掛け合わせたもの。どんなに重い病も怪我も一瞬で治す。でもそれは細胞を殺して苦しみ、痛みを一切排除するから」
「つまり……死と引き換えに苦しみを取り除くと……?」
「そうね。もちろんすぐに死ぬわけではないわ。それでは意味がないからね。細胞が死んでしまった後、強い魔力によって生命活動を維持できるのは一ヶ月ほど。どうしても治らない病を患っている人が、最後の一ヶ月を苦しみから解放されて過ごせるように考案されたもの。それが魔法の薬、Eternal Peace」
ルナはここでふうと一度大きく息を吐いた。
「通常であれば……この薬のみ使用した場合は、一ヶ月は延命できる。でも、私の魔力で徐々に生命活動を奪われてきたエドモンドの身体にこの薬を使えば、当然死期は早まるわ。私の見立てでは持って二日でしょうね」
「二日!」
予想外の早さに驚きを隠せないジョシュア。
「ええ。だから、リラちゃん、あなたが手を下すまでもなく、エドモンドは間も無く死ぬわ。……これ以上、自分の手を汚してはダメよ」
ルナの言葉に、リラは黙って俯いた。
……ルナ様が来てくれなかったら、私はあのままエドモンドを……。
いくら悪人とはいえ、人を殺そうとするなんて……。
自分の行いに戸惑いの表情を見せる。
「リラちゃんが私のことを思って、エドモンドに罰を与えようとしたのはわかってるわ。でもね、本来優しい心を持つリラちゃんが、人を殺めてしまうのは私とても悲しいわ」
「……」
「だから、もし私のことを思ってくれているなら、この先、怒りを感じることがあっても力を相手にぶつけることはしないで欲しいかな。リラちゃんの優しさが失われるのは嫌だもの」
ルナはリラに向き合い、穏やかな声で諭すように語りかける。
「……はい」
ルナの思いを汲み取り、リラは素直に頷いた。
「良かったわ」
それを見てホッと安堵の息を漏らす。
「……そろそろお別れの時間ね」
名残惜しそうにそう呟いたルナの体は徐々に透けていった。
「ルナ様!」
リラとジョシュアが消えゆく彼女の名を呼ぶ。
そんな二人を微笑ましく見つめながら、ルナはすうっと静かに星達が瞬く綺麗な夜空へと消えていった。
◇
翌日、ルナの言った通り、エドモンドが急死したという知らせが届いた。夜、眠りにつくように静かに息を引き取ったという。
あれだけ人々を苦しめて来たのに安らかに死ぬなんて……という思いはあるが、それでもこれを機に村人達の生活が少しでもマシになりますように……とリラは願った。
もう二度と善良な人間の命が理不尽に奪われてしまわないためにも……。
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