第20話 仮面の天使、再び

「今回はあなたかしら……? 仮面をしている天使なんて初めて見たわ」

ルナは前世と転生時の記憶を持っており、当然天使の存在も知っていた。


「……前世の記憶を持っているのか?」

仮面の天使は低い声でルナにそっと問いかける。


「ええ。どうしてかはわからないけれど……。だからこの後の流れも知ってるわ」


それを聞くと、仮面の天使はゆっくり頷いた。


「……そうか。それならば話は早い。……お前は本来なら天国か転生かを選べるんだが、審判の結果、エドモンドの件もあって、今回は天国行きは選べない。かと言って地獄行きでもない。つまり自動的に転生の道しかなくなる訳だが……」


その問いに、ルナは即答した。


「あら。もともと転生する予定だったから問題ないわ。今世……いえ、もうルナの人生は前世になるのかしら。志半ばで終ってしまったからね」


ルナの言葉に、仮面の天使は黙り込む。


「……どうかした?」

ルナが怪訝そうに、顔の見えない天使を見る。


「エドモンドの件だが……。この後、奴が辿る運命を知っているなら、魔力を使って逃げることも出来ただろう。そうすれば、お前はルナとして人助けを続けられたというのに……。なぜ火刑を受け入れた?」


天使の質問に、ルナはポカンとした表情になった。


「あら……? あの映像、てっきり天使(あなた)の仕業だと思ったんだけど……」


「映像……?」

訝しげに呟く様子を見て、ルナはこの天使の思惑ではないと悟る。


天使(かれ)じゃないとしたら……やっぱり神の仕業かしらね。


「ええ。エドモンドに死刑宣告された時、突然頭の中に映像が色々と流れ込んできたの。その中には、ジョシュア君やリラちゃんもいた。あの子達が何を目指して旅をしているのかも全部見えた」


「……それで?」

天使はルナに続きを促す。


「だからね、私のこの力をジョシュア君に譲渡しようと思ったの。きっとこの先の旅で役に立つと思ったから。この魔力、肉体が生きたままだと譲渡できないし、ちょうどいいと思って」


ルナは言い終わると、にこやかな笑みを天使に向けるが、天使の目には戸惑いの色が浮かんでいる。


「役に立つと思ったから……。たったそれだけの理由で……?」


「あら、十分な理由でしょ? 私の課題は人を救うことよ。だからリラちゃんを呪いから救おうとするジョシュア君に力を与えようと思ったのよ」


天使は信じられない物を見たかのように愕然とした様子で、しばらくルナを見つめていた。


そして何か吹っ切れたかのようにフッと小さく笑う。


「……全く。相変わらずだな、あなたという人は……」

そう言って突然、仮面の天使は自らの仮面をそっと外した。


その顔を見たルナの瞳が大きく見開かれた。


「ラファエル……」

そして懐かしそうにその天使の名を呼ぶ。


「久しぶりだな……。母上」

仮面の天使、ラファエルと呼ばれたその男は、ルナの前世、バイオレットの息子だった。


息子の顔を見て思わず涙ぐむルナ。


「またあなたに会えるなんて……。でも、今天使としてここにいるということは、あなたも長生きは出来なかったのね……」


「ああ……。病には勝てなかったよ」


「そうだったの……。でもまた会えて嬉しいわ! 実は暫く魂だけの状態であなたのことを見ていたのよ。あなたと妻のロザリーとの間にアドルフが生まれた所までね」


「そうだったのか……!」


ラファエルは母が魂だけの状態で暫くの間、現世にいたことに驚きつつも、自分たちが母に見守られていたという事実に嬉しさのようなものを同時に感じるのだった。


「アドルフのことで母上に話しておきたいこともあるが……、そろそろ転生の準備をしなければならない……」


切なそうに切り出すラファエル。


ルナも少し寂しそうな表情を浮かべながら頷く。


「ええ。そうね。……でもその前に」


「ん?」

訝しげに首を傾けるラファエル。


「さっき話した通り、ルナの残っている魔力をジョシュア君に譲渡したいの。だから、少しだけ、私の姿を生きている人間にも見えるようにして欲しいのだけど……」


ラファエルは少し考えた後、重い腰を上げるかのように答える。

「……十分間だけだ」


その答えに、ルナは顔を綻ばせた。


「ありがとう! 十分もあれば大丈夫よ」


「そうか。ならとっとと済ませよう」

次の瞬間、ラファエルはルナに手をかざし、何か呪文のようなものを唱え始める。


すると、魂だけだったルナが人間の姿になっていく。


「ありがとう! ちょっと行ってくるわね」

手短に礼を言うと、ルナはそのまま下界に降りていった。



ルナの死刑が執行され、村人達と一緒にその場で立ち尽くすリラとジョシュア。涙はもう出し切って枯れていた。


ルナの肉体は全て燃やされ灰になってしまったが、灰の中で何かがキラッと光っているのにジョシュアは気づいた。


「あれは……?」


そっと近づき、それが何かを確かめる。灰の中からゆっくり掬い上げると、それはルナが身につけていた金色の懐中時計だった。


ルナが魔力で守っていたのだろうか……。この時計だけはきれいに残っていた。

「……ルナ様」


ジョシュアがリラに時計のことを告げようとした時、エドモンドが燃えた残骸を遠目で見て、満足そうに傲慢で下品な笑い声をあげるのが聞こえてきた。


その笑い声を聞いたリラは、無言でスッと立ち上がる。


表情は見えない。


「エドモンド……」

今まで聞いたことのないような低く冷たい声色で、リラはエドモンドに近づいていく。


「私はあなたを許さない……!」


リラがそう叫んだ瞬間、リラは白く眩い光に包まれ、瞬く間に半身がドラゴンに変わった。


ジョシュアが持っているルナの形見の時計はちょうど夜中の0時を示していた。


「リラ!」

ジョシュアは慌ててリラの元に駆け寄ろうとする。


半身ドラゴンとなったリラを見て恐怖に慄き、逃げ惑う人々。


「うわああ! なんだあれ……!」

「化け物だ……!」

「逃げろ……!」

「こっちに来ないでくれ!」


そんな彼らに一切構うことなく、リラは真っ直ぐエドモンドのもとに向かっていく。


「や……やめろ……来るな……!」


震える声で腰を抜かして地面に尻餅をついているエドモンドを、氷のような冷たい瞳で見下ろしている。


そして、どこからともなく、ザアアアア……という音が聞こえたかと思うと、リラの周りを取り囲むように、突然大量の水が現れ、激しい勢いで渦巻き出した。


「なっ……水……?」


初めて森で会った時にも、フルハート村で変身した時も、こんな現象は起らなかった。


目の前の衝撃的な光景に圧倒され、思わず言葉を失ってしまう。


そうしている間に、リラの周りを取り囲んでいる水の渦は、ゴオオオという音を轟かせて、まるで意志のある生き物のように、エドモンドに襲いかかっていく。


「た……助け……」

瞬く間に全身のほとんどが飲み込まれ、エドモンドの両手だけが水面から出ている状態になる。


何とか水面に顔を出そうと、手足をばたつかせてもがくが、その必死の抵抗を嘲笑うかのように、渦は容赦無くエドモンドの体を水底へ引きずり込もう牙を剝く。


「……! だめだ! リラ!」

ジョシュアが大声を上げてリラを止めようとする。


「……」

しかしその声は届かない。


このままではエドモンドが死んでしまう……!

いくら報復とはいえ、命を奪うのはやはりだめだ。

何とかして止めないと……! でもどうやって……。

必死に考えを巡らせる。


しかし圧倒的な力を前に、止める方法など思い浮かぶはずもない。

ジョシュアの瞳が焦りの色に染まっていく。


唯一水面に見え隠れしていたエドモンドの両手も、ついに水底へ消えていった。


もうだめかと諦めかけたその時……


『……だめよ! リラちゃん!』

どこからかリラを止める声が聞こえた。


水の音にかき消されることなくハッキリと、その声は聞こえた。









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