第19話 火刑執行

処刑の一時間程前にもなると、大勢の人々が村人の集会所に集っていた。


村人だけでなく、エドモンドとその配下も大勢いる。火刑が執り行われるのは、この村人達の集会所なのだ。


よりによって、ルナと村人の憩いの場で無残にもルナを火あぶりにしようとは……。


どこまでも悪趣味なエドモンドに、リラは心の底から嫌悪の眼差しを向ける。


ジョシュアもリラの側でいたたまれない気持ちで、着々と処刑の準備が進められていくのを見ていた。


ルナ本人はまだ連れられてきていないが、罪人を立たせる火刑台や人を括り付ける程の長く太い木が準備され、その周りにワラがびっしりと敷かれ、その上に薪が置かれていく。


ルナの最期を見届けようと集まった村人達から咽び泣く声が聞こえ始める。


「ああ……聖女様……」

「うう……、どうかお許しください……、お許しください……」


エドモンドから自分や家族の命を脅かされたとはいえ、ルナのあらぬ罪を証言し、拇印までしてしまった罪悪感から必死に許しを乞う声も小さく聞こえてきた。


彼らにも同情の余地は十分にある。

あるのだが……、リラの心中では、村人達に対して理解と同時に憎悪の炎も静かに燃えていた。


そんな複雑な感情が絡み合う中、ルナがエドモンドの配下に連れられて来た。


その表情はよく見えないが、ルナの醸し出す雰囲気から察するに、自分の運命を全て受け入れたような、穏やかな空気を纏っている。


配下達によって、火刑台に立たされ、丸太のように太い木に括り付けられたルナは、そっと静かに目を閉じる……。


そして走馬灯のようにルナの脳裏に駆けめぐってきたのは、前世の記憶と今世での出来事。


……この人生では少し位、人々を救えたのかしら。もしまた転生することになっても、私は同じ課題を自らに課すのでしょうね……。例え今世での身がこのまま燃え尽きたとしても、私の信念は揺るがないわ……。


準備が終わり、後は火をつければルナは身体中、炎に覆われるのみという時、エドモンドがルナの前に出た。


まるで勝ち誇ったかのような、いつにも増して傲慢な表情でルナを見ている。


「最期に言い残すことはあるか?」

エドモンドはニヤニヤと気色悪い笑みを浮かべ、嘲笑うようにルナに問う。


それに対し、ルナは静かに首を振った。

「何もありません」


ルナの言葉にエドモンドは、ふんっと鼻を鳴らす。


「そうか。ならば今より火刑を執行する」


エドモンドの合図で、村人達が何人か前に出された。


そして、エドモンドの配下がルナの罪状を声高らかに読み上げる。


「この女は、自らの持つ魔力を悪用し、村人の心を操り、エドモンド様に楯突いた。……お前達、それで間違いないな?」


有無を言わさぬ圧力をかけられ、村人達は青ざめた顔でただ小さく頷くしかできなかった。


「言葉できちんと言え!」


怒号が飛び、村人達はビクッと体を震わせる。


そして、震える声で答えるしかなかった。

「はい……。その通りで……ございます」


その言葉を聞くと、エドモンドは満足そうに笑った。


「これでこの女の罪が証言された。只今より刑を執行する。取り掛かれ!」


エドモンドの合図とともに、ルナの足元に敷かれているワラに、容赦無く火がつけられる。


この日は風もほとんどなく、一度火が付けられると、瞬く間に燃え広がっていく。


……少しだけ魔力を使おう。苦しまずに安らかに死ねるように。私の苦しむ姿や苦悶の声を聞けば、村人達はより一層罪悪感に苛まれることになるかもしれないから。


……残りの魔力は……


ルナの体を黄色い光が包み込んでいく。その光は決して強い物ではなく、普通の人間の目には映らない。


しかし、リラと今回はジョシュアにも見えた。

ハッキリと鮮明に。


「ルナ様……!」

リラは頬を伝ってくる涙を拭うこともせずに、ただじっとその光を見つめる。


「僕にも見える……。ルナ様を守るように光が包んでいる……」


光がルナを守っているとしても、それは苦痛を感じない為だけだ。

ルナの肉体は無情にも燃やされていく。


「ああ……! 聖女様! 聖女様……!」

「ああ……なんてことだ! お許しください……! お許しください!」

「聖女様! ごめんなさい……!」


咽び泣くように声を殺して泣いていた村人達は、ルナが燃やされていく姿を見て、ついに大声を上げて泣き始めた。


その声はルナにも届いている。


……みんな、泣かないで。あなた達がエドモンドに脅されていたことは知ってるわ。私はあなた達を恨んだりなんてしてない。


ただ……この先、あなた達に何かあっても救うことが出来なくなることが唯一の心残りだったけど。


でも……もうその心配はないわね。


だってエドモンドはもう……。


轟々と燃え盛る炎がルナの体を焼き切った時、ルナの意識と体は完全に切り離された。


「ああ……。終わったわね」


ルナは意識だけの状態で、燃やされた自らの肉体を見下ろす。

と言っても、肉体は残らず全て灰になってしまっているが。


ルナは暫く宙に浮いた状態のままじっとしていた。


まるで誰かが来るのを待っているように……。


「あと少し……」

ルナが呟くと、空から眩い光とともに何かが降りて来るのが見えた。


それは大きな白い翼を持った天使のような姿をした者で、顔は仮面で隠されていた。





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