第18話 村人の裏切り
ルナの状況など知るはずもないジョシュアとリラは、約束通り、お昼前には集会所に到着していた。
「ルナ様、もうすぐ来るかな」
「そうだね、そろそろ来ても良い頃だね」
ルナの状況を何も知らない二人はそんな会話をしながらルナを待っていたのだが、お昼を告げる鐘の音が鳴ってもルナは一向に現れない。それどころか、村人一人現れない。
「……おかしいな。昨日はすぐにみんな集まってきたのに、今日は誰も来ない……。それにルナ様も……」
それからしばらく待っていたが、やはり誰も来ない。
「何かあったのかな……。私ちょっとみんなの様子を見てくるから、ジョシュアはここにいてくれる? 様子を見に行っている間にルナ様が来るかもしれないから」
「わかった!」
リラは集会所から離れ、村人達の作業場がある方向へ進んでいく。
詳しい場所はわからないが、昨日彼らが来た方向は覚えていたので、何となくその方向へ向かっていく。
しばらく道沿いに歩いていくと、村人達が何人か集まっているのが見えた。少し近づいてみると皆、青ざめた様子で何やらコソコソ話している。
さらに駆け足気味に近づいていくと、村人達がようやくリラに気づいた。
「あなたは……確か……リラ様!」
「皆さん! 今日はどうして集会所にいらっしゃらないのですか?」
リラがそう尋ねると、村人達は一斉に俯き黙ってしまう。
その異様な雰囲気にリラは何か、よくないことが起こっているのを感じ取る。
しばらくしても誰も話さなかったので、リラは思い切って再度声をかけた。
「あの……!」
すると、一人の男が重い口を開いた。
「……何も知らされていませんか……」
暗く淀んだ眼差しでリラを見つめている。
「え……?」
リラは男の言っていることが理解できず、困惑を全面に押し出している。
「……聖女様は今頃……領主様に捕らえられています」
「……!」
男の口から語られたことに、リラは一瞬で頭が真っ白になった。
……え? 今この方はなんて……? ルナ様がエドモンドに捕らえられた……?
「ルナ様が……捕らえられた? どうして!」
リラが思わず大声を出すと、そこにいる村人達が全員地面に頭を擦りつけた。
「申し訳ございません!」
リラは突然のことにビクッと体を震わせる。
「え? え? 何? どういうこと……」
状況が全く飲み込めず、ただただ混乱する。
そして今度はまた別の村人がゆっくり話始めた。
「実は昨日……、いつも私達を監視し、暴力をふるっていた領主様の配下から、聖女様は我々村人の心に付け入り、その美貌でたぶらかしたという罪を認め、証言として拇印を押すよう要求されました」
告げられた衝撃の事実にリラの心は怒りの感情で満たされていく。
「何よそれ……! そんなでたらめな罪! あり得ないでしょう! ルナ様があなた達をたぶらかす? 誰よりもあなた達を心配し、これ以上ない慈しみの心を持ってあなた達を助けようとしていたのに……!」
「その通りです! 聖女様はいつも私たちの話を親身に聞いてくださり、傷も癒して下さっていた誰よりも心優しいお方です! それは私達が一番知っていますよ!」
そう語る村人の顔は悔しさの色に満ちていた。
「ならどうして……!」
「……当然、納得できないと我々も抗議しました……! ですが……命令に従わなければ、今よりも税負担を増やし、さらに家族の命まで脅かされることになると……」
今にも泣き出しそうな程顔を歪めて語る村人に、リラもどう返していいかわからなくなる。
あまりの衝撃に頭が回らなくなっていたが、冷静に考えれば、村人達が領主に逆らえばどうなるかは火を見るより明らかだ。
自分の命だけでなく、家族の命まで危険に晒されるとなれば、いくらルナに心から感謝していたとしても、裏切ることを選択せざるを得ない。
村人達の苦渋の決断も仕方のないことだと思う。
しかし、頭では理解できても心情はついていかないのだ。
リラは込み上げてくる悔しさに唇を噛みしめ、その場から急いで離れた。
集会所で待っているジョシュアと合流し、この事を伝えなければ……!
ここから集会所まで、距離的には全然遠くないのだが、リラは全力で走っていたので、ジョシュアの元にたどり着いた時には肩で大きく息をし、呼吸を整えなければならなかった。
「はあ……はあ……! ジョシュア!」
「リラ! どうしたの! そんなに慌てて……」
ジョシュアはリラの尋常じゃない様子に目を丸くしている。
「ルナ様が……! ルナ様が領主に無実の罪で捕らえられてしまったの……!」
「えっ……! どういうこと……!」
リラから聞かされた事実にジョシュアの表情が驚きと困惑の色に染まっていく。
リラは村人達から聞いた話をジョシュアにありのまま伝えた。
全てを聞いたジョシュアはリラと同様、言いようのない怒りが湧いてくるのを感じた。
「なんてことだ……! ルナ様……!」
二人がその場に立ち尽くしていると、背後から複数人の足音聞こえた。こちらに向かってきているようだ。
「誰……?」
リラが振り向くと、そこには先程までリラが会話していた村人達がいた。
「あなた達……」
リラの瞳が大きく見開かれた。
「リラ様……! 申し訳ありません。まだあなたにお伝えしていないことがあります……。ルナ様は……今夜二十三時に火刑に処されてしまいます……」
……えっ? 今なんて……? 火刑って……。
「……火刑……? そんな……。事実無根の罪を着せられて、捕らえられただけでもあり得ないのに……火刑ですって……? なんでそうなるの……! あまりに理不尽じゃない……!」
リラの頭の中は再び真っ白になり、膝から崩れ落ちるように地面に座り込んでしまった。
「リラ!」
ジョシュアがリラを抱き起こそうとするが、リラは力が完全に抜けて立ち上がることが出来ない。それほどまでにショックを受けたのだ。
ルナと過ごした時間はわずかだが、その中でもルナの心の清らかさと暖かさに触れ、前世から続く強い信念を持って人々を助けてきたルナをリラは深く慕っていた。
何より、絶対絶命の状況だったジョシュアと自分を助けてくれた救世主だ。
そんなルナが理不尽にも命を奪われようとしている。
それも到底理解できないようなデタラメの罪状で、火刑という残酷極まりない方法で。
清く正しく、弱き人々の為に尽くしてきた聖人が、一体なぜこのような報いを得なければならないのだろうか。
「ルナ様……」
リラは虚な目で空を見つめていた。そのままの状態で、どれくらいの時間が経過したのだろうか。気づくと日は暮れていた。
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