第17話 死の足音
ルナがエドモンドの屋敷に着くと、いつも通り門番に通され、中へと入る。召使がいつも通りにエドモンドの部屋へ案内する。
いつもと変わりない。
だが、今日はいつもと屋敷内の空気が微妙に違っていた……。
何か言葉では言い表せないような……。不穏な空気が流れているような感じがするのだ。
それに先ほどからなぜか悪寒がする。
……何かしら。この嫌な感じは……
ルナは直感的にすぐにここから離れたい衝動に駆られるが、エドモンドの治癒をせずに帰る訳には行かない。
重い心情でエドモンドの部屋に到着し、ルナを案内している召使が扉をノックする。
コンコン……と乾いた音が響く。
「入れ」
中からエドモンドの低く冷たい声がした。
いつもより一層冷たく感じるその声色に、ルナの不安は増していく。
それでも何とか部屋に足を踏み入れると、そこに待っていたのは、不気味な笑顔で出迎えるエドモンドの姿。
それも重い病を患っているとは思えないほど顔の血色が良く、しかも立っている。
いつもは青白い顔でベッドの上から起き上がれない状態のため、ルナはエドモンドの体に何が起こっているのかわからなかった。
「よく来たな。ルナ」
「エドモンド様……。そのお姿はどうされたのですか……?」
恐る恐る尋ねる。
「ああ、これか? これはな……魔法の薬のお陰……とでも言っておこうか」
ルナはエドモンドの言っている意味がわからず、思わず顔を顰める。
「魔法の薬……?」
「そうだ。どんなに重い病も一瞬で治すといわれている魔法の薬。お前などでは到底及ばない程の実力を持った伝説の魔術師が調合したとされる薬だ。それを私はついに手に入れたのだ」
それを聞いたルナは、エドモンドの言う『魔法の薬』がどういうものか理解した。
「……ああ。『Eternal Peace』ですか。それを飲まれたのですね」
「そうだ。この薬を飲んだ途端に、力が漲って来てな……。もうお前の力など必要ではなくなったのだ」
ニヤニヤと嫌らしい笑みを口元に浮かべるエドモンド。
「そうでしたか……。それならば確かに私の力は必要ではありませんね。お元気になられて何よりです。それでは私はこれで……」
『失礼します』と言い終わる前に、突然部屋の中からエドモンドの屋敷の傭兵が複数人現れた。
どうやら部屋で息を殺して待機していたようだ。
「……!」
ルナは咄嗟に身の危険を感じ、急いで部屋から出て行こうとしたが、すぐさま部屋の入り口は閉じられてしまう。
「エドモンド様! これは一体どういうおつもりですか……!」
傭兵達はルナを捕らえ、縄をかける。
その様子に勝ち誇ったような顔でルナに近づき、エドモンドは告げる。
「ルナ。お前は微力ながらも魔力を持つ汚らわしい魔女だ。しかもその力を私の支配下にある村人にも使用し、癒しを与えると言って彼らの心に付け入り、その美貌でたぶらかした。その罪は許されるものではない。よってお前を火刑に処する」
「なっ……! 魔女? たぶらかす……? 一体何を仰っているのですか?」
事実無根な上、あまりにも理不尽すぎる理由で死刑宣告をされたルナは青ざめながらもエドモンドに反論する。
「お……お言葉ですが……! 私は彼らの心に付け入ってたぶらかすなんてことは一切しておりません! こんなでたらめな罪状で火刑とは……。あまりにも横暴ですわ!」
ルナは必死に訴えるが、エドモンドは当然聞く耳を持たない。
「それに……この村……、いいえ、この国で死刑を執行するには人々の証言と拇印が必要になってくるはずです! それがなければ、いくらエドモンド様でも……」
「それがあるんだよ、ルナ。残念ながらな」
エドモンドはルナを嘲笑うように見ると、召使にある書類を持って来させた。
「これは……」
エドモンドが見せた書類を見たルナは思わず言葉を失った。
そこには村人達の証言と思われるものや、拇印があったのだ。もちろん、村人達は読み書きが出来ないものがほとんどなので、エドモンドの配下が代筆したと思われるが……。
「それにな……、処刑の前に罪状が読み上げられるが、村人達はお前の罪を証言すると言っていたぞ」
「……」
当然、村人はエドモンドから脅されたのだろうということはわかり切っているが、それでもこんな茶番がまかり通ってしまうとは……。
……こんな手の込んだ小細工をしてまで、私を排除したいのね。
ルナは怒りというよりも呆れの感情を抱いていた。
そしてこの後どうするべきか色々と思案していると……
キイイン……と突然、頭の中にノイズが鳴り響く。
えっ……! 何……!
思わず頭を押さえると、次の瞬間、見たことのない映像が脳内に直接流れ込んできた。
……自分がかつていた王室のような場所。泣き叫ぶ女の子。深い闇に飲み込まれていく魂のような光。体が朽ちていく竜。
それから、リラとジョシュアが出会った場面。リラの半身が鱗に覆われている姿。ハッキリとした形は見えないが楕円形の大きな鏡。
一瞬の出来事だったが、ルナはその映像の意味全てを理解した。
そしてこの時、ルナは自らの運命を決めたのだった。
「……話は以上だ。火刑は今夜二十三時から執り行う。それまでこの女を牢屋に入れておけ」
エドモンドの話など、もはやルナの耳には届いていない。
眉間に皺を寄せ、重々しい表情で黙り込んでいる。
「かしこまりました」
そう言って傭兵達はルナを牢屋に連れて行った。
薄暗く窓一つない牢屋の中で、ルナは思考を巡らせる。
しばらくの間、目を閉じて静かに息を吐く。
そしてそっと目を開けた時、ルナは何か覚悟を決めたような真剣な表情で鉄格子を見つめた。
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