第16話 最後の夜
家の中に入ると、ジョシュアが立ち上がって二人に駆け寄ってきた。
「ルナ様、リラ! お帰りなさい」
そして元気な声色で二人を出迎える。
「ジョシュア! 起き上がって大丈夫なの? 無理しないで!」
昨日まで起き上がることさえ出来なかったのに……。
「大丈夫だよ! ルナ様の治癒を受けた後、午前中はずっと横になっていたらかなり体が軽くなってね、起き上がれるようになったんだ」
ジョシュアの回復力にはリラだけでなくルナも驚いているようだ。
「ジョシュア君! 驚いたわ! 当初の五日よりも早く治る見込みだったけれど、まさか一日でここまで回復するなんて」
「僕自身も驚いてます! でも昔から体力だけは自信があったので、そのおかげかも……」
それを聞いてルナは考え込む。
……確かに体力がある人の治癒は早いけど……それでもここまで早く回復するなんて……信じられないわ……。もしかしたらジョシュア君にも何か特別な力が……?
「……あ! それか、もしかしたら!」
ジョシュアは突然何かを思い出したように自分の服の中に隠すように身につけていた『お守り』を取り出した。
「それって、ロジャー様からもらったペンダント……?」
「そう! 村長様が旅に出る前にくれたお守り……。もしかしたらこれのおかげなのかも………と思って」
そう言ってルナにその十字架のペンダントを見せる。
「これは……!」
ルナはそのペンダントに触れると、内側から何か物凄い力が溢れているのを感じ取った。何の力かはわからないが魔力ではない。
魔力よりももっと強力でより神聖な気配を感じられる。
ここまで強い力が込められている物は見たことがないらしく、ルナは興奮した様子で話す。
「このペンダント……すごい力が込められているわ!」
「そうなんですか! となると、やはりこのペンダントのおかげでしょうか?」
「恐らくそうでしょうね」
ルナはこの得体の知れない力に畏怖の念を抱いた。
「どういう力なのかは明確にわからないけれど、ジョシュア君の体が早く治るならそれに越したことはないわね。でも無理は禁物よ」
「はい!」
ジョシュアはそのペンダントをゆっくり撫で、再び服の下に大切そうにしまった。
「そうだ! リラ、今日ルナ様と一緒に領主様や村の人達と交流してきてどうだった?」
ジョシュアが聞くと、リラは少し沈んだ様子で答える。
「えっと……」
リラは今日あったこと、思ったことを正直にジョシュアに話した。
リラから話を聞いたジョシュアは、リラ同様にいたたまれない気持ちになったのか、その表情は暗い。
そして自分達が住むフルハート村の領主がいかに素晴らしく、今まで恵まれた環境で生活出来ていたことを思い知らされた。もしもエドモンドのような血も涙もないような領主だったら、自分達も同じ目に遭っていたかもしれないのだ。
「そっか……。ここの村の人達はそこまで苦しんでいたんだね……」
「うん……。村の人達がね、話を聞いてくれるだけでも嬉しいって言ってたの……。だからここにいる間は少しでも彼らの心を和らげたいと思ったわ。ルナ様、明日もう一度、ご一緒させて頂いても……?」
リラに尋ねられ、ルナは静かに頷く。
「もちろんよ。リラちゃんがまた来てくれたら皆も喜ぶわ。明日はエドモンドの所には私一人で行くから、その後に合流しましょう。集合場所までの道のりは覚えている?」
「はい! 大丈夫です!」
「良かった。じゃあお昼前くらいに来てもらおうかしら」
「わかりました」
リラがコクリと頷く。
「あ、でも曜日によって作業開始時間が異なるから、休憩時間も微妙に変わるのよね。陽の日は礼拝日だから村人も教会に行ってお祈りを捧げてから作業に入るし、土の日は朝の集会があって……。えっと明日は……」
ルナが持っていた懐中時計で確認しようとする。どうやら時間だけでなく、暦もわかる特別製の物のようだ。蓋を開けると、チクタクチクタク……と秒針を刻む音が聞こえてきた。
その音を聞いたリラは、なぜかわからないが、脈が早くなり、心臓がバクバクするのを感じた。
……なんだろう。ただの秒針の音なのに……怖い……!
言いようの無い恐怖心に駆られた。
そんなリラの様子に気づくことなく、明日の日付を見たルナは思わず眉を顰める。
十三日……。
いつもはあまり縁起の悪い数字など気にしていないのだが、この時は何故だか妙に胸騒ぎがした。
……何も起こらないと良いのだけど……。
「ルナ様……?」
「ああ、なんでもないわ。明日は火の日だから集合はお昼前で大丈夫よ」
「火の日……!」
リラがハッとしたように呟く。
ジョシュアの怪我やこの村の現状のことで頭がいっぱいになっていたせいか、曜日のことを失念していた。
明日が火の日ということは、その次は水の日……。
つまり、リラの半身がドラゴンに変わってしまう日だ。
この村にたどり着くまではジョシュアと二人だったし、野宿続きだったのであまり問題はなかったが……。
ジョシュアの体が完治するまではここを出発出来ない。
驚異的な回復力でほとんど完治に近い状態ではあるが、明日中にここを出発出来るかは微妙な所である。
リラがそう考えていると、ジョシュアも同じことを思っていたらしく、リラに耳打ちする。
「明日中にここを出発しようか」
「でも、ジョシュアの体が完全に治ってからじゃないと……!」
「僕の体なら大丈夫! もう殆ど治っているようなものだし、今晩眠れば明日目覚めた時には完治している気がするんだ。それに早くMystic Mirrorを見つけにいかないと……。だから、明日の夕方位には出発しよう」
「うん……」
リラはやはりジョシュアの体調が心配なため、もう少し休んだ方が良いのではないかと考えている。
しかし、ジョシュアの言う通り、一刻も早くMystic Mirrorを探しに行かなければならない。
「心配しないで! 本当に大丈夫だから!」
ジョシュアはリラを安心させるように言った。
そしてリラ以上に、ジョシュアは内心、不安を覚えていたのだ。
半身がドラゴンの姿になれば、ルナを怖がらせてしまうかもしれない……と。
フルハート村の人達を怖がらせてしまった時のように……。
あの時、リラは意識を失ってしまっていたので、彼らの様子は幸い分からなかったが、ジョシュアは少し心を痛めていた。
突然、半身が人間以外の物に変化したら、当然誰でも驚くのだが……。
それは頭ではわかってはいるが……。
なんというか、リラが化物扱いされて傷つかないか、心配だったのだ。
「……?」
二人で何やら話し込む様子に、ルナは不思議そうに首を傾けている。
「どうかした?」
ルナに問われ、ジョシュアは慌てて答える。
「ルナ様。すみません、急なのですが……明日の夕方に僕たちはこの村を出発しなければなりません」
それを聞いたルナは思わず眉を下げた。
「えっ……? 明日の夕方……?」
「はい。ルナ様のお力とこのお守りのお陰で僕の体はほとんど完治に近いですし、これ以上ご迷惑をおかけするわけにはいきません」
「迷惑なんてことないわ。せめて明後日まではここで休んで行ったらどうかしら?」
ルナの気遣いをありがたいと思いながら、今度はリラが話す。
「実は、今日少しお話しした私の力について……その力は水の日に現れてしまうのです……、そのせいでどうしてもご迷惑をおかけしてしまうのが忍びなくて……」
リラもまた、フルハート村での出来事を思い出していた。
ジョシュアの家族は優しく接してくれていたけれど、意識を失い、さらには水がない環境では過ごせないリラは、多大な迷惑をかけてしまったことに対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
今はロジャーからもらったペンデュラムのおかげで、水がない環境でも過ごせるが……。とはいえ、驚かせたり、気を遣わせたりしてしまうのは目に見えている。
リラの心情を察したルナは、それ以上は言及せずにただゆっくりと頷いた。
「そう……。わかったわ」
一瞬、寂しそうな表情を浮かべたが、すぐに笑顔に戻る。
「じゃあ、今日は三人で過ごす最後の夜ね! ご飯でも食べながらたくさんお話しましょう」
「はい! もちろんです!」
こうして三人は就寝するまで、今までの人生や経験したことなど、たくさん語り合った。
◇
翌朝、ジョシュアは目が覚めると、早速体を動かしてみた。
昨日の時点でかなり回復していたが、さらに体は軽くなっており、ルナの治癒を行わなくてももう元通りと言える状態であった。
「良かった! これで何の問題もなく出発できる……!」
その時、ルナとリラも起きてきたようで、昨日より元気そうなジョシュアの姿に安堵する。
「その様子だと、私の魔力を使うまでもないわね」
「はい! お陰さまでもう完治したようです」
ジョシュアが溌剌とした声で答えた。
「本当にすごい力だわ、ジョシュア君の持っているペンダント」
「ペンダントの力もそうですが、何よりルナ様が助けて下さったからです。本当にありがとうございます」
ジョシュアは改めてルナに頭を下げた。
「少しでもお役に立てたなら良かったわ」
ジョシュアは自分の体が正常に動くことがこんなにも嬉しいと思ったことはなかった。命の危機を感じる程の重傷を負った後だと、今ある自分の生に心から感謝できる。
「そうだ! ルナ様、この後僕もリラと一緒に村の人達との交流に参加したいのですがよろしいでしょうか?」
「ええ。もちろん。でも完治したとはいえ、無理はダメよ?」
「はい!」
ジョシュアが一緒に来ることになり、リラも嬉しそうだ。
「それでは、後からジョシュアと一緒に集会所に向かいますね!」
「わかったわ! 私は今からエドモンドの所に行ってくるわね。また後で!」
そう言ってルナは晴々とした笑顔で二人に手を振る……。
……これが聖女ルナの見せた最後の笑顔になるとは……。
この時の二人は知る由もなかった。
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