第15話 前世の記憶

ルナとリラの姿が見えなくなってからしばらくすると、村人達の前に大勢の男達が現れた。


いつも村人達を監視しているエドモンドの配下達である。

休憩時間が終わるとすかさず見張りに戻ってくる彼らに、村人達は息が詰まる思いで作業に戻る。それでもまだ以前よりは改善された方なのだ。


何せルナがこの村に来るまでは、休憩時間ですら監視されていた。

しかし、そのことを不憫に思ったルナは、休憩時間だけは監視を外すよう必死にエドモンドに掛け合ったのだった。


「休憩時間は終わりだ! 一旦全員集まれ! 作業開始の前に……お前達にエドモンド様からのお言葉を預かってきた」


いつもならすぐに働けと怒鳴り散らされるのだが、今日に限ってエドモンドからの命令を聞けとは……。


村人達がざわめく。

全くもって嫌な予感しかしない。


決して良い知らせなどではないことはわかっていたので、皆青ざめた顔で立ち尽くす……。増税か、労働の増加か……考えられのはこの二つ。


だが、配下達から聞かされたのは、どちらでもなく、村人達には到底受け入れがたい無理難題であった。


その為、村人の中には取り乱して抗議する者も大勢いた。


「そんな……! あんまりでございます!」

「こんなこと……到底認められません!」

「そうです! 彼女はそんなことしておりません! 私たちのことをいつも気にかけてくださる優しいお方です!」

「どうか今一度お考えを……」



次々と必死に訴えかけてくる村人達に、配下達はまるで汚いものを見るかのように不躾な目で睨みつけ、怒鳴り声を上げる。


「うるさい! 喚くな! この薄汚いハエどもが! 貴様らごときがエドモンド様の御命令に逆らうというのか! この命令が聞けなければ、税金は今の三倍、休憩時間もなし、さらには貴様らの家族まで罰を与えるぞ!」


鬼のような形相で脅しをかけられ、騒いでいた村人達は一斉に口を閉ざした。


その様子に、配下達はニヤリと口元に卑しい笑みを浮かべて続ける。


「最初からそうやって黙って聞いてれば良かったんだ。いいか、誰か一人でも逆らってみろ、連帯責任で全員処罰が下されるからな! お前らの家族の命も保証はされないと思え。……話はここまで。さっさと働け!」


村人達はその後、頭の中が真っ白になりながら各々の作業場へ行った。

その背中からは深い悲壮感が漂っていた……。



村人達と別れ、ルナの家に戻る途中、リラは村人達の生活に少しショックを受けていた。


「村の人達があんなに痩せ細って身体中傷だらけで毎日働いているなんて……」

「そうね。私も最初に知った時は驚いたわ。これまでも各地を旅して来たけど、ここまで酷い村はなかったわね」


ルナの表情もやや重たい。


「各地を旅……」

「ええ。出来るだけ多くの人達を救えたら……と思ってね」


それを聞いたリラはルナの信念に嘆息をもらす。


「ああ……。ルナ様のような人が民を指導する立場、上流階級にいたら良かったのに……と思わずにはいられません」


リラがため息を吐きながらそう言うと、ルナの顔が少し曇った。


「……男性ならね……。でも女性なら……。むしろ上流階級にいたら何も出来ないのよ」


「え?」


ルナから予想外の反応が返ってきたので、リラは思わず目を見開く。


「なぜ、そんなことが言い切れるのですか……? もしやルナ様は上流階級の出自なのですか?」


リラの疑問に、困ったように眉を下げるルナ。


「えっと……。今は魔術師の家系だから、上流階級ではないんだけど……。昔、その……上流階級にいたことがあるから……」


「昔……? ということは、上流階級から魔術師の家系に身分が変わられたと……?」


リラが真剣に考えを巡らせているようなので、ルナは観念したような表情で切り出した。


「そうじゃないわ。信じてもらえないかもしれないけど……」

ルナはリラの反応を気にしながらゆっくり続ける。


「あのね……私には前世の記憶があるの」


突然ルナから発せられた突拍子もない言葉に、リラは驚きと混乱を隠しきれない。


「えっ……! 前世の記憶……?」


目をパチクリと瞬かせているリラに、ルナはやや気まずそうに説明する。


「まあ……転生とでも言うのかしらね。前世の私は王妃だったの。バイオレットという名だったわ」


「転生! それに王妃様……!」

あまりの衝撃に思わず声が上擦ってしまうリラ。


ルナは気にすることなく続きを話していく。


「そう。王妃の頃から一番に民のことを考えてきたつもり。けれど、王妃という立場であっても女性に権力なんてほとんどないに等しいの……」


ルナは悲しいような悔しいような、そんな複雑な感情が入り混じった表情をしている。


「私のいた国では女性の扱いがとても酷くてね……。もちろん全員という訳ではないんだけど、一人の自立した人間として扱ってはくれなかったわ」


女の扱いが酷いと聞いてリラは胸の奥で何かが引っかかるような、そんな感覚に襲われた。


何故だか心拍数が上がり、動悸がする。


ルナはそんなリラの様子に気づき、話を止めてリラを気に掛ける。


「リラちゃん……? どうしたの?」


ルナに気遣われ、リラはハッとした様子でルナを見る。


「す…すみません……! 大丈夫です! 続けてください」


「そう……? 大丈夫? 具合が悪かったら遠慮なく言ってね」

心配そうに様子を伺うルナにリラはぎこちない笑顔だが大丈夫と言い切った。


「……わかったわ。じゃあ続けるわね」

ルナはリラの様子を気にしつつもゆっくり話を再開させた。


「それから私の夫……国王は自分の地位を何より大切にしていたの。私がいくら民への食料供給や、税負担を和らげたりするよう懇願しても全く耳を貸さなかった。そして自分は贅沢三昧。でも私は、国王の許可がなければ何をすることも許されていなかったわ」


リラは複雑な感情のまま、黙ってルナの話を聴いている。


「数年後に息子を授かったんだけど、夫は息子に対して指導者としての威厳、振る舞いだけでなく、男尊女卑の思想も植えつけていたわ。私は夫に隠れて、それは誤っていると伝え続けたのだけど、結局息子の心には届かなかった」


リラはルナの話に、いつの間にか真剣に耳を傾けていた。

もはや信じられないという気持ちはなく、まるで自分ごとの様に感じていた……。


「その後に息子は夫の跡を継いで国王になり、お妃様も得たけれど、私はその直後に死んでしまったの」


「では、その後息子さんがどうなったのかはわからないのですね……?」


リラがそう言うと、ルナは静かに首を横に振る。


「いいえ。確かに肉体は死んでしまったけれど、その後も少しだけこの世に留まることが神様から許されたのよ。魂だけのままね。だから息子とお妃様の間に息子が生まれた所までは見届けられたわ。アドルフって名前の可愛い男の子だったわ!」


嬉しそうに弾んだ声で語るルナ。


「アドルフが生まれてからすぐにこの世に留まれる期限が来てしまったから転生したんだけどね。そして転生の際に神様から生前やり残したことは何かと問われたの」


「神様が……?」

リラが不思議そうな顔で聞く。


「ええ。転生する前に、あらかじめ次の生でやるべき課題を決めておくのよ。宿命……とでも言うのかしら」


「宿命……」


「だから私は、バイオレットの時に出来なかった、苦しんでいる人々を救い、幸せにすることを課題にしたわ。今度は自分で救える力が欲しいと願ってね。そうしたら魔術師の家系に転生したの」


ルナは一通り語り終えると、ふうと静かに息を吐いた。


「ごめんなさいね、長々とこんな話……。信じてもらえない可能性の方が高いから誰にも話すつもりはなかったんだけど、なぜかリラちゃんには話しても良いかなと思えて」


「いえ。大丈夫です。私もその……不思議な力のような物を持っているので……。最初は驚きましたけど、ルナ様に前世の記憶があるというのも信じられるなと」


リラがそう言うと、ルナはどこか安堵したような表情になった。


「リラちゃんにも不思議な力……。なるほど。だからさっき私の光の色を見分けられたのね」

ルナは納得したという顔で言う。


「あと、普通は前世の記憶を忘れるはずなのに、なぜ保持したまま転生したのかは謎なんだけどね」

フフフと小さく笑う。


「確かに……。それは謎ですね。でも……それも何か意味があるのかもしれませんね」


リラはそう言いながらも、心中は少し複雑だった。

……ルナ様は、前世の記憶を持って転生している。……どうして私には記憶がないのだろう……。表情がほんの少しだけ曇る。



「そうね。きっと何か意味があるのかもしれないわね」


ルナの前世の話を真剣に聞きながら歩いていると、気付いたらルナの家の近くまで来ていた。


「あら、お話しながら帰るとあっという間ね」

「本当ですね!」


そして二人はそのまま家の中に入っていったのだった。






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