第14話 貧しい村人の現状
エドモンドの屋敷を出たルナとリラは、次に村人のケアに向かっていた。
「リラちゃん、大丈夫? 嫌な思いしちゃったわよね」
ルナが気遣うように尋ねる。
「……はい。自分の痛みを和らげて下さるルナ様に対して、あのような態度を取っていたことに腹が立ちましたけど……」
エドモンドの不遜な態度を思い出して、リラは顔をしかめる。
「あの人は……仕方ないのよ。それに私に対する態度は、あれでもまだマシな方。こうやって治癒を行った後は謝礼も出してくれるしね」
そう言ってルナは先ほどエドモンドの召使からもらった袋を示す。
「謝礼……」
「ええ。中身は全部木の実や果物などの食料よ」
「え! 食べ物なんですか? なんとなく、謝礼と聞くと貨幣を想像していました」
リラは驚いた様子で声を上げた。
「最初はリラちゃんの想像通り、貨幣だったのよ。でも、それだと分配が難しいから食料にしてもらったの」
「分配?」
リラが怪訝そうに聞き返す。
「そう。食料だと村人達に配りやすいから。基本的にここの村人達は酷く困窮していて、その日食べる物にも困っているような生活を強いられてるわ。だから貨幣より食料の方が喜んでもらえるの」
ルナが謝礼を全て村人に分け与えていると知って、リラは思わず感嘆の声を漏らした。
「素晴らしいです……! ルナ様のような方がいらっしゃって、村の人達もきっとたくさん救われていますね」
リラの言葉が嬉しかったのか、ルナは少し頬を染める。
「あら、ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいわ! 少しでも彼らの救いになっていればいいのだけど」
「きっとなっていますよ。ルナ様の慈悲の心はとても素晴らしいです。あの傲慢な領主にも情けをかけられているのは、もったいない気もしますが……」
リラがそう言うと、ルナは少し困ったように眉を下げる。
「あれは……違うのよ……。確かに私が行っているのは治癒のように見えるかもしれないけど、ジョシュア君に行った物とは性質が異なるの。……むしろ真逆だわ」
「性質が異なる……? 確かに、ジョシュアの時と光の色が違うとは思いました。ジョシュアの時は温かいオレンジ色だったのに対して、エドモンドの時は青色でしたので」
リラの発言に、ルナは愕然とした様子で目を瞬かせた。
「え! リラちゃん、あなた、光の色を見分けられるの……?」
信じられないといった眼差しをリラをに向ける。
「えっと……、私にはそう見えましたが……他の人にもそう見えるのではないのですか……?」
リラはルナの驚きように少し戸惑っているようだ。
「いいえ。他の人はただなんとなく光っているということしか認識出来ないわ。光の色なんて、これまで言い当てられたことはないもの……。リラちゃん、あなた何者……?」
ルナに問われ、思わず口籠るリラ。
「えっと……、私は……」
呪いのことを話してしまおうかとも思ったが、できるだけ人には知られたくないことなので、なんと答えようか迷っていた。
そんなリラの様子に、ルナは慌てて言葉を繋ぐ。
「ごめんなさい! 何でもないわ。私の力が鮮明に見える人は初めてだったから、つい興奮してしまって」
「いえ! 大丈夫です」
リラも慌てて頭を振る。
そうこう話している内に、村人たちが集まっている光景が見えた。
どうやら目的地に着いたようだ。
村人達はルナの姿を見つけると、すぐさま彼女の元へ駆け寄ってきた。
「聖女様!」
どうやらここでは、ルナは聖女様と呼ばれているらしい。
彼女の行いを見ればそう呼ばれるのも当然だろう。まさに聖人と崇められるのに相応しい振る舞いと態度なのだから。
そしてあっという間に村人達に囲まれてしまうルナ。
「皆さん、今日もお疲れ様です!」
まるで宝石のように輝く笑顔に村人達は一斉に頭を垂れる。
それを見たルナがすかさず声を上げた。
「皆さん、顔をあげてくださいね。実は今日、私のお手伝いをして下さる方がいます」
ルナがにこやかにそう言うと、村人達の視線がリラに集まる。
「皆様、はじめまして。リラと申します。宜しくお願い致します」
リラが挨拶すると、村人達は一斉に歓声を上げた。
「おお! これまた別嬪さんが来てくれたものだ!」
「疲れが吹っ飛ぶなあ……」
「聖女様のお知り合いもまた聖女様だ」
「彼女からもまた神々しさを感じる……」
次々と賛辞の言葉を贈られたリラは少し気恥ずかしくなり、視線を泳がせている。
その様子に、ルナは微笑ましいなと思いつつ、リラに小声で話しかけた。
「リラちゃん、今から私は皆の体力を順番に回復させていくから、その間に彼らのお話を聞いてあげてくれるかしら? お話を聞いてくれるだけでも人の心は和らぐから」
「わかりました!」
村人のケアとは、きつい作業で失った体力を回復させ、村人達の不満に耳を傾けて労ることらしい。
「あと、さっきもらった食料を皆さんに配ってもらえるかしら?」
そう言って持っていた袋を差し出す。
「もちろんです!」
リラは袋を受け取り、村人達を改めて良く観察した。
「……」
そしていたたまれない気持ちでいっぱいになる。
どの村人も例外なく痩せこけているのだ。まさに骨と皮だけといったように……。これは十分な食事が出来ていない証拠だろう。
彼らの仕事はもちろん農作物を作ることだが、そのほとんどを領主のエドモンドに献上しなければならず、自分たちの手元に残るのはほんのわずかなのである。
しかもその中から、自分たちが食べるパンを作ろうとすれば、昨日ルナから聞いたバナリテに苦しめられる。
しかも体をよくよく見てみれば、何か鞭のような物で叩かれた跡や切り傷がある。しかも重労働だというのに、若い男だけでなく、年配の男、さらには女までいる。
リラが悲痛な面持ちで村人達に食料を配っていると、一人の村人がリラに話しかけてきた。
力のない弱々しい目をした初老の女だ。
腰は曲がりきっており、腕や足を見るとたくさんの切り傷や擦り傷、痣などが見受けられる。なんとも痛ましい……。
「あなたはこの村に来たばかりかのう?」
その老女は今にも消え入りそうな、か細い声でリラに尋ねた。
「はい。昨日来たばかりです。連れが酷い怪我を負わされて、ルナ様に治療して頂きました。そのお礼がしたくて、ここに同行させてもらったのです。あまりお役に立てないかもしれませんが……」
リラが事情を話すと、老女は、ほお……と顎に手を添えて頷く。
「いや、そんなことはない。誰かに話を聞いてもらえるだけでワシらの心は癒される」
「そう言って頂けると嬉しいです」
リラは天女のような微笑みを向ける。
「はあ……本当に聖女様もあなたも神々しい……。奴らにいたぶられて出来た傷の痛みも忘れられるわい」
「……奴ら?」
リラが聞くと、老女は途端に怒りの籠もった声で話し始めた。
「ああ……! ワシらを苦しめる諸悪の根源、エドモンドの手下じゃ。あいつらは毎日毎日ワシらを監視して重労働を課し、少しでも手を止めると容赦無く体罰を与えてくる」
「体罰……」
「ワシのような年寄りにも情けはない。それどころかむしろ醜いババアだと言って、奴らの気晴らしに年寄りの女ばかり狙われることも多いのじゃ」
その言葉にリラは不快そうに眉を顰めた。
「そんな……酷すぎるわ!」
「ああ……。ほぼ毎日聖女様がここへ来てくださって治療して下さるが、翌日にはまた新たな傷が増えるといったことの繰り返しじゃよ」
老女は深いため息をつきながら話を続ける。
「聖女様はワシらに認められた唯一の休憩時間に合わせてきてくださり、食料を与え、体力回復と怪我の治癒、さらにワシらの不満まで全て聞いて下さる。聖女様のおかげでワシらはなんとか生き延びられておるのだ」
その話に胸が締め付けられるリラ。
……酷い……こんな仕打ち、あんまりだわ……。
リラは思わず老女の手を優しく握った。
突然握られた老女は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに優しい笑みが溢れた。
「ありがとうね……。あなたが心配してくれているのが伝わってくる。この後も頑張れるよ……」
その後もリラはルナと共に村人達の話を真剣に聞いた。
どの話にも胸が詰まる思いで聞いていたリラ。
しかし、そんな唯一の村人達の憩いの時間はあっという間に終わってしまう。
どこからともなく鐘の音が聞こえてきたのだ。
ゴーンゴーンと不気味に鳴り響く鈍く重たい音。
その鐘の音が労働開始の合図になっている。
それを聞くや否や、村人達の表情が深い悲嘆の色に染まっていった。
「聖女様、ありがとうございます……! また明日もぜひ来てください……」
力のない声で一人の村人が言う。
「ええ。もちろん。明日も伺います!」
ルナは村人を励ますように力強く励ました。
「皆さん……頑張ってください……!」
リラもルナ同様、力を込めて言う。
「ああ……! ありがとうね!」
村人達に見送られ二人は帰路に着いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます