第13話 傲慢な領主

領主の屋敷は、手入れが行き届いた広大な庭園の真ん中に位置していた。

この土地だけで村半分の大きさがあるのではないかと思ってしまう程だ。


その庭には、まるで血のように鮮やかな赤色の薔薇が全面に咲いており、太陽の光をたっぷりと受けて美しく誇らしげに咲いている。



「わあ……! 綺麗な薔薇がたくさん……!」

リラは赤薔薇の絨毯に思わず目が釘付けになる。



ルナと共に屋敷の入り口へと歩みを進めながらも、その目は赤薔薇から離されることはない。


門までたどり着くと、屋敷の大きさに目を見張った。

淡いベージュの石造りの建物で、三階建て。部屋数は見る限りざっと百以上はある。ライオンや花などが金色で施された装飾豊かな門扉からは、貴族の見栄が感じられる。


ルナが門番に近づくと、いつもならすぐにルナを中へ通そうとするのだが、今日はリラを連れているためか、呼び止められた。


「……その者は?」


低く言って門番が二人を見下ろす。いかつい顔の中の目が、突き刺しそうに鋭くリラを睨んだ。


「私の見習いですわ。今日は私のお手伝いで来てもらいました」


ルナが怯むことなく余裕の笑みを浮かべてそう言うと、門番は、リラの身体チェックなどする訳でもなく、そうかと言ってあっさりと二人を通した。


……こんなことで門番が務まるのかと思わず言ってしまいそうだ。


屋敷内に入ると、そこもまた別世界のようだった。


玄関ホールでは、壁から高い天井にかけて一面に、神話に出てきそうな天使や美しく着飾った女などが色鮮やかに描かれている。その天井からぶら下がっている豪勢なシャンデリアは、まるで客人達をもてなすように、温かみのあるオレンジ色の灯りでホール全体を照らしている。


毎日通っているルナにはお馴染みの景色だが、記憶を無くしているリラにとっては新鮮で、その豪華さに思わず息を呑む。


領主の寝室は二階の一番奥にあるので、玄関ホールにある大階段を上がっていく。


壁に領主と思しき肖像画や麗しい貴婦人の絵画が飾られている長い廊下を渡り、部屋の前に到着すると、待機していた護衛がじろりと睨むように二人を見た。


ここでもリラのことを聞かれたので、門番の時同様、自分の見習いだと言うと、やはり何も調べられることなく、すんなりと通してもらえた。


中に入ると、召使がルナに対して軽く会釈をし、領主の側へ案内する。

「こちらへどうぞ」


そこには人が二、三人余裕で寝られるような広さの天蓋付きベッドで上半身を起こして安静にしている四十代位の男がいた。


細く痩せ細った体型に口髭を乱雑に生やし、彫りの深い顔で額には脂汗が滲んでいる。


その男はカエルのようなギョロリとした大きな両目で、こちらを睨みつけるようにじっと見てきた。


「遅い。どれだけ待たせるつもりだ。さっさと始めろ」


重々しく不機嫌さ全開の声で、ルナ達を全く歓迎していない雰囲気を醸し出している。


自分の病気を癒してくれようとしている相手に失礼だろうと、つい言いたくなるような不遜な態度だ。


ただ、その顔はやつれており、血色はかなり悪い。

ひと目見て病人だとわかる。


「……ん?」

領主はふとルナの隣に立っているリラを見た。


「おい、ルナ。誰だその女は」

ふんと鼻を鳴らし、高圧的な態度で聞く。


しかしルナはそんな領主の態度に物怖じすることなく答えた。

「彼女は私の見習いのリラです。本日は修行のため、同行させました」


「見習い……? 私の病を完治することができないような半端者の見習いとは。これまた滑稽なことだな!」


領主は嘲笑うように言うがルナは眉一つ動かさない。


領主の言葉を聞いたリラは内心静かに怒りを感じていたが、一切表に出すことなく穏やかな表情を保っている。


そして次に領主はリラをまるで品定めするような目で見た。


不躾な視線を送られてもリラは動じることなく毅然としている。


「……ふん、なかなか良い女じゃないか。私に許可なく勝手に連れてきたのは目に余るが……。まあ今回は特別に許してやろう」


「ありがとうございます」

ルナは感情の篭っていない乾いた笑みを浮かべた。


「リラと言ったな。私はハザディ村の領主のエドモンドだ」

エドモンドが自分の名を名乗ると、リラも丁寧に挨拶をした。


「エドモンド様。お初にお目にかかります。リラと申します」

その鮮やかで優雅な所作にエドモンドは思わず見惚れてしまった。


「ほほお……。やるじゃないか……。そうだ、私の病気が治ったらお前を妾にしてやってもいいぞ」

エドモンドはそう言って不気味な笑みを浮かべる。


リラはエドモンドの言葉に、思わず顔を引きつらせそうになるが、何とか堪えて笑顔を保つ。


「エドモンド様。お待たせして申し訳ありません。そろそろ治癒を始めますわ」

ルナが遮るように言うと、エドモンドは途端に不機嫌になった。


「ふん、手際が悪すぎるんだよ! 早くしろ!」

ベッドの上でふんぞりかえるエドモンドにルナはジョシュアに行った時と同様、手をかざしていく。


しかし、発せられた光はジョシュアの時とは違い、鮮やかな青色をしていた。

リラはその光をじっと見つめる。


……青色の光? ジョシュアの時は温かいオレンジ色だったけど……。エドモンドは重い病だから、治癒の性質が違うのかしら……?


そしてジョシュアの時よりもかなり長時間、ルナは魔力をエドモンドに使っている。


今朝、ジョシュアに治癒を施した後だからか、重い病を緩和すること自体、相当量の力を消費するからなのかはわからないが、ルナは幾分辛そうに見える。


「エドモンド様、終わりました。お疲れ様でございます」

ようやく治癒が終わった時、ルナの額からは汗が滲み出ていた。


やはり相当な魔力を使ったのだろう。


「やっと終わったか」

偉そうな言葉と態度か変わらないが、治癒前よりも表情が柔らかい。

恐らく痛みがかなり緩和されたのだろう。


「おい」

エドモンドが荒々しく部屋で待機していた召使を呼ぶ。


すると、召使はルナに大きめの袋を二つ手渡してきた。

「これを……」


ルナは中身が何かわかっているようで、確認をすることなく、受け取り、エドモンドと召使両方に丁寧に頭を下げる。


「ありがとうございます。それでは失礼いたします」

そして扉の前でも一礼をし、退出した。


ルナとリラが退出した後、召使はエドモンドの元にサッと駆け寄った。何かを企んでいるような嫌らしい笑みを浮かべている。


「エドモンド様。実は先ほど、別の使いの者より連絡が入りまして……」


それを聞いたエドモンドはハッとした表情になり、食い気味に尋ねた。

「来たか! それで、どうだったのだ?」


「はい。例の物を手に入れたそうです……」

召使がそう言うと、エドモンドは不適な笑みを浮かべた。


「ふふふ……。ついに手に入れたか! これで……あの女はもう用済みだ」

「そうですね……」


「私の後妻にしてやるという申し出を蹴った自身の愚かさを悔いるがいいさ」

エドモンドは吐き捨てるように呟いた。






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