第11話 聖女の魔力

「あら、目が覚めたのね。良かったわ」

その女は柔らかい声と温かな表情でジョシュアを見る。


「あの……もしかして、あなたが僕たちを助けてくれたのですか?」

ジョシュアが尋ねると、女は静かに頷く。


「ええ。たまま通りかかったら、あなた達が暴漢に襲われているのを見て……。助けることができて良かったわ」


「ありがとうございます……! あなたが来てくれなかったら、僕たちはどうなっていたかわかりません……! 何とお礼を言って良良いのか……」


「良いのよ。私は大したことはしてないから、気にしないで。それより怪我の具合はどうかしら?」


そう言って女はジョシュアに近づく。


「体は重いですが、不思議と痛みは感じません。もしかしてあなたが治療して下さったのですか?」


ジョシュアが尋ねると、彼女は少し考える素振りを見せる。


「うーん……そうね。治療というか……。でもまあ治療になるのかしら……」

なんとも煮え切らない回答だ。


正確には治療じゃないのかな……? もしかしてこの方も村長様と同じく不思議な力があるとか……? だからあの男達のことも対処出来たのかな? 


ジョシュアは頭に浮かんだ疑問を尋ねようか迷っていると、女の方から口を開いた。


「えっと……、信じてもらえないかもしれないけど、私には少しだけど魔力……というものがあってね」


発せられた言葉に、ジョシュアは驚きよりも納得といった表情を見せた。


「そうなんですね」

もっと驚くか信じられないといった反応を見せるかと思っていた女は思わず目を見開く。


「あら、あまり驚かないのね?」


そう言われ、ジョシュアが自分の感覚は麻痺してきてるのではないかと思った。


ここ数日で色々と不思議な現象や存在を目の当たりにしてきたため、最早耐性がついているのかもしれない。


「はい。不思議な力が存在するのは、ここ最近僕自身が身を以て体験していますから」

あはは……と笑うジョシュアに女は目を丸くする。


「まあ……。そうだったのね」

女はなるほどという顔をしている。


「魔力と言っても、私の場合は回復系に特化していて、基本的には人に危害を与える物じゃないから安心してね」

女はそう付け加えた。


「え? 回復系に特化……ですか?」

ジョシュアは思わず眉根を寄せる。


「ええ……。どうかしたの?」

女はジョシュアの反応に少し困惑気味に返した。


「えっと……、僕が気を失う前に襲ってきたあの男達が地面に倒れていくのを見たきがしたので、何か攻撃をされたのかと……」


それを聞いて女も納得したようだ。


「ああ、そういうことね。あれは攻撃したんじゃなくて、単に眠らせただけなの」


「眠らせた……」

そう聞いて、ジョシュアはその時の状況を必死に思い出そうとする。


確かに、男達は何の前触れも無く急に地面にバタバタと気絶するように倒れ込んだような……。


何となく腑に落ちたようだ。


「私の魔力について軽く説明すると……、私の力は基本的に、体の異常を取り除く力。想像通り、怪我や病気を癒す力ね。あとは相手を催眠状態にして眠らせたり、洗脳状態にしたりする力」


「催眠、洗脳まで……?」


「ええ。これは滅多に使わないけどね……。相手が自分に危害を加えようとした時にしか発動させないわ。それから脳の異常を正常に戻すことで、かけられた催眠状態や洗脳状態を解くことも可能よ」


回復系と聞けば、傷や病気の治癒しか思いつかなかったが、まさか催眠、洗脳、逆にそれを解くこともできるとは……。想像以上の幅広さに圧倒されるジョシュア。


「だけど私の力はそこまで強くないから、怪我や軽い病なら治せるけど、難病は完治させることができないのよ……」


そう語る姿はどこか悔しさのようなものを滲ませている。


「そうなんですか。でも僕が怪我の痛みを感じないのは、あなたの魔力のおかげですよね。素晴らしい力です! ありがとうございます!」


ジョシュアパアッと顔を輝かせて丁寧に礼を言うと、女の表情も柔らかいものになった。


「そう言われるとなんだか照れるわね」


女は少しはにかみながら言い、自身の魔力について付け加えた。


「私の魔力で体の細胞に働きかけて、対象者の自己治癒力を高めさせるという感じなの。逆に細胞を鎮静化させて自己治癒力を落としたり、細胞自体を徐々に殺して、死に至らしめることも可能だけどそれは長い時間がかかる。つまり即効性のある攻撃系魔力は使えないってことよ」


一気に説明し終え、ふうと息をついたかと思うと突然、何かを思い出したかのように、短く声を上げた。


「あ! そういえば、私まだ名乗ってなかったわよね。私はルナ。あなたのことはリラちゃんから聞いたわ。よろしくね、ジョシュア君」


ルナは朗らかな笑みを浮かべて自身について話した。


「ジョシュアです。こちらこそ、助けて頂いて本当に感謝しています。ルナ様、改めてよろしくお願い致します」


ジョシュアは横たわったままだが、出来る限り丁寧な挨拶を心がける。


その律儀さがルナにも伝わったようで、

「ふふふ。丁寧にありがとう」

と目を細め、柔和な顔つきで返した。


それを見たジョシュアからも自然と笑みが溢れる。先ほどまで生死を彷徨う程の状況だったとは考えられないような、穏やかな空気が流れている。


その空気を少し壊してしまうように、ルナがまたもや、あっ!っと声を上げた。


「そうだ! さっき話した通り、私の魔力では即座に完治させることができないの。だからジョシュア君の怪我、治るまでは多五日くらいかかると思うわね」


全治五日と聞いて、ジョシュアは少し顔を曇らせる。

「五日ですか……」


一刻も早くMystic Mirrorを探す旅を再開させたい所であるが、本来は下手をすれば命を落としかねない重症だったのだ。


ルナの力のおかげで五日で回復できるというのだからここは幸運だと思わなければならない。それはわかっているのだが、つい焦りの気持ちが出て来てしまう。


「そうね。だから五日間ジョシュア君は絶対安静よ。ここにいれば安全だから。それに……あの男達も私には手出しは出来ないから安心して」


ジョシュアの焦る心を宥めるように優しく諭すルナ。


「あの男達って……、ジョシュアをこんな目に遭わせた……?」

ここで、今まで黙って二人のやり取りを聞いていたリラが反応した。


顔を硬らせ、戸惑いながら尋ねるリラに、ルナは少々気まずそうに答える。


「ええ……。実は、あの男達はこの村の住人なのよ。というかこの村の領主の手下といった方がいいわね。好き放題だから、正直この村の人達も彼らには困っているの……」


それを聞いたリラの表情が引きつる。

「そんな……」


「でも大丈夫! さっきも言ったけど、私と一緒にいる限り、安全だから」

二人を安心させようとするルナ。


しかしこの時ジョシュアの頭にある疑問が浮かんだ。


「ルナ様に手出しできないというのはどうしてですか……?」


確かにルナは魔力を持っているが、攻撃系ではなく、回復系と言っていた。攻撃はできないのだから、男達がルナを恐れるとは考えにくい……。


「実は、この村の領主は重い病を患っていてね。特効薬もないから、私が毎日力を注ぎに行ってるの。あくまで苦痛を和らげるだけなんだけど……。でも他に手段はなくて、私の力に頼るしかないから、私に危害を加えることはできないのよ」


ルナの答えにジョシュアは納得したようで、数回コクコクと頷きを見せた。


「なるほど……。そういうことでしたか」

ええ。と短く返した後、ルナは更に話を続ける。


「領主の治癒の他に村人のケアをほぼ毎日行うから、ずっとあなた達の側にはいられないんだけど、この家は好きに使ってくれていいからね」


「村人のケア……?」

今度はリラが尋ねた。


「ええ。この村では村人が多すぎる税金に苦しめられているの。特にバナリテとか……」


「バナリテ?」

聞き慣れない単語にリラもジョシュアも眉を寄せて首を捻る。


「この村には、パン焼き窯製粉水車が置いてある大型施設があるんだけど、それは領主が所有していてね、村人達にその施設を強制的に利用させて、法外な利用料を取ってるのよ……。施設を強制利用させる権利のことをバナリテと呼ぶわ」


丁寧に説明するルナ。


「なるほど……。バナリテですか。初めて聞きました。僕たちの村にもそのような大型施設はありますし、領主様の所有ですけど、基本的に無料同然の安い使用料で使わせて頂いてます。もちろん、強制的に利用しなければならないという訳ではないですね……」


それを聞いたルナは驚いたように深いため息を吐いた。


「まあ……。なんて立派な領主なのかしら。人格者ね。この村の領主もそうだったら村人達は苦しまなくて済むのに……」


ルナの目には悲哀の色が浮かんでいる。


一体この村の領主はどんな極悪人なんだろう……。

自分の村の領主しか知らないジョシュアは想像もつかないようである。


三人の間に少し沈黙が流れた。

「……」


その沈黙を破るように、リラが徐に口火を切る。

「あの……」


ルナの様子を伺うように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「もしよろしければ……。その……、ジョシュアが安静にしている間、私にも村人のケアを手伝わせてもらえませんか……?」


リラの突然の申し出にルナは驚きを見せたが、すぐに顔を輝かせた。

「本当? それはとても嬉しいわ! ありがとうリラちゃん」


ジョシュアの怪我が完治するまでの間とはいえ、自分以外の人間が手を貸してくれることは助かる。正直、ルナ一人で領主や村人達のケアを全て行うのは容易いことではなかった。


「お役に立てるかは分かりませんが……私達を助けて下さったお礼を少しでもしたいので……」


リラはどこか気恥ずかしそうにしているが、ルナはリラの心遣いをとても嬉しく思っていた。


「ありがとう。凄く助かるわ! 早速明日から一緒に来てくれるかしら?」


「もちろんです!」

勢いよく頷くリラ。


側で聞いていたジョシュアはなんだか申し訳ない気持ちになっていく。

……僕も何かお礼したいんだけど……この体で行っても足手まといになっちゃうだろうし……。


「すみません、僕も何かお手伝いできたら良かったのですが……」


ジョシュアのしょんぼりした様子に、リラもルナも慌てて首を横に振る。


「だめよ! ジョシュアは重症なんだから……。早く治るように安静にしてなきゃ……!」


リラが思わず声を張り上げる。


「そうよ! ジョシュア君の今一番やるべきことは回復だからね」

そこにルナも加勢。


「はい……」

二人の剣幕に圧倒され、ジョシュアは静かに頷くことしかできない。


「さてと……、とっくに日は暮れてるし、明日に備えて今夜は寝ましょう」


「そうですね」


「ジョシュア君はここで寝てもらうとして、リラちゃんの部屋はこっちよ」


ちなみにルナの家は領主から与えられた物らしい。藁や茅で作られた簡素な家とは違い、石造りで二階建て。部屋数も十以上ある。


しかし内装は至ってシンプルだ。必要最低限の家具のみ。それも華美なデザインのものは一切ない。


リラに用意された部屋には、小さめの白い丸テーブルと椅子、木製の枠組みの上に布団を敷いただけのシンプルなベッドが置いてあるだけだ。


「あまり物とかは置いてないけど……自由に使ってね」

「はい! ありがとうございます」


「じゃあ明日からよろしくね! おやすみ」

ルナはリラに和かに挨拶すると、自分の部屋に戻って休んだ。

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