第二章
第10話 ハザディー村の聖女
フルハート村を出て何日が経過しただろうか。
地図で見る限り、最初の目的地であるハザディー村までが一番遠く、難所だったりする。
険しい獣道が続き、普段農作業で体力には自身があるジョシュアでさえきつい。こまめに休憩を取りながら少しずつ歩みを進めていく。
肉体労働をおよそしたことがないリラにはもっと辛いはずだが、意外にも体力はあるようで、自分から休みたいと言い出すことはなかった。
「リラ、大丈夫? そろそろ休憩する?」
ジョシュアは度々リラの様子を見ながら、休憩を提案する。
「うーん……。まだ大丈夫な気もするけど、早めに体力を回復させといた方がいいかもね」
「そうだね。休みながら後どれ位で着くか、もう一度地図で確認しよう」
そう言ってジョシュアは持参している麻袋からワラを取り出し地面に敷く。
そこに二人で腰を下ろし、ロジャーから貰った地図を広げて現在位置を確認する。
道のり自体はわかりやすく、特に迷ったりする心配はない程簡単だ。
フルハート村からひたすら真っ直ぐと北へ向かうだけである。
所々に記されている目印を元に、自分たちが今どの辺りにいるのか確認する。
「おお! ハザディー村までそう遠くなさそうだよ!」
「本当?」
リラが横から地図を覗き込む。
「えっと、地図にある一本の大きなリンゴの木が……あれね!」
ハザディー村の手前に一本だけ大きなリンゴの木の目印が描かれており、それを通り過ぎて少し行くとハザディー村に到着するようだ。そしてそのリンゴの木がジョシュアとリラの斜め前方に見える。
「あと一息だね!」
「うん! 体力も少し回復したし、ハザディー村まであと少しってわかったから、そろそろ行く?」
心なしかリラの声と表情が明るい。
「そうしようか!」
そう言って二人はゆっくりと腰を上げる。
座っていたワラを片付け、いざハザディー村まで再び歩みを進めようとしたその時
二人の目の前に大柄の男三人が現れ、行く道を塞ぐようにして立ちはだかった。
男達は薄気味悪い顔でリラをじろじろと見る。
その気持ち悪い視線に、リラは男達をキッと睨みつける。
なぜかは分からないが、こういう視線に晒されたらどうなるか、本能的に知っている。
ジョシュアをチラと見ると、彼もまた警戒心をあらわにしている。
「……僕たちに何か用ですか?」
ジョシュアの声色に緊張感が伴う。
すると中心にいる男がニヤリと口角を上げて答える。
「ああ……。用があるのはその可愛い子だけだがな。少年、お前に用はない。その子を置いていけばお前に危害は加えねえよ」
予想通りの言葉だ。
……どうする? この状況。昔フレディ兄さんに格闘術を少し教えてもらったことはあるけど……、あれはあくまで一対一だし、そもそも実践経験が少な過ぎる。こんな男三人に通じるとは思えない。
……じゃあ逃げる? でも……リラを連れてこの三人から逃げ切れるとも思えない。ハザディー村まであと少し……
となると、先に僕がハザード村まで助けを求めに?
いや、だめだ! そんなことしたらリラがどんな目に遭うか!
ジョシュアから焦りの色が滲み出る。
どんなに考えを巡らせてもこの状況を切り抜けられる方法が思いつかない。
「どうした? さっさとその子を渡しなよ」
男がじわじわと距離を詰めてくる。
ジョシュアはリラの手を引き、後ずさる。
するとリラが小声でジョシュアに話しかける。
「ジョシュア……、私を置いて、村まで行って……」
その表情は青ざめている。
先ほど脳裏に浮かんだ考えだが、いざリラから言われると、やはり出来ない。
「何言ってるんだよ! そんなこと出来るわけ……」
「でも! このままだと二人とも……」
確かにこの状況ではそれが最善策のように思える。
しかし、ジョシュア一人この場から離れて村に助けを求めに行っても助けてくれる人がいるかは賭けであるし、助けを連れて来られたとしても、男達がリラをどこへ連れていくかは分からない。
結局身動きできないままでいると、男が痺れを切らす。
「せっかくお前だけは見逃してやるって言ってんのによ……。おいお前ら」
その男が他の二人に顎で命令する。
「ああ。痛い目に合わせてやるさ」
そう言ってリラを強引に連れて行こうとする。
「離せ!」
ジョシュアは必死にリラを守ろうと、自分の胸に抱え込む。
しかし男達はジョシュアを引き剥がそうと、容赦無く暴行を加えた。
苦痛に顔を歪ませながらもジョシュアは決してリラを離そうとしなかった。そのことがさらに男達を激昂させ、暴力が激しくなっていく。
リラはジョシュアの腕の中で涙目になりながら金切り声を上げる。
「やだやだ! ジョシュア! やめて! やめてよ!」
どうしよう! このままじゃジョシュアが……!
ああ……! 今日が水の日だったら良かったのに! そしたらこんな奴らなんて……!
リラは心の中で悔しい思いを吐き出しながら、この状況をどう切り抜けるか必死で思考を巡らせる。
しかし、この難局を切り抜ける方法などいくら考えても思いつかない。そうこうしている間にもジョシュアに浴びせられる暴力は酷くなっていく。
このままじゃ本当に……
「ジョシュア、私を離して」
消え入るような声でジョシュアに話しかけるが、彼からの応答はない。
「庇ってくれたのに、ごめんね。ありがとう」
リラは決死の覚悟でジョシュアの腕から逃れる。
「あなた達の言うことを聞くから……。だからこれ以上はやめて」
リラは涙で顔を濡しながら男達に言う。声色からは悔しさと怒りが伝わってくる。
「ふん。最初からそうしてれば良いんだよ」
リーダー格の男は吐き捨てるように言うと、ようやくジョシュアへの暴行を止めた。
リラは大人しく男達に連れられていく。
「リラ……、だめ……だ」
ジョシュアは朦朧とする意識の中でもリラを必死に引き留めようと手を伸ばすが、リラには届かない。
くそ……、僕がもっと強かったら……
ここまで激しい怒りと悔しさの感情を抱くのは初めてだった。
無力な自分に対する怒りが全身を駆け巡る。
瞼が重く、今目を開けているのも精一杯の状況下。
ジョシュアが気を失う直前に見たのは、リラを連れていく男達の前に現れた一人の女。
そして瞬く間に地面に倒れていく男達の姿だった。
一体何が……と疑問に思った瞬間、ジョシュアの意識は完全に途切れた。
◇
ジョシュアが意識を取り戻したのは、すっかり日が落ちた後だった。
ゆっくり薄目を開けると、見慣れない景色。どうやら部屋の中のようだが……。
視線を動かすと、心配そうにジョシュアに寄り添うリラの姿が見えた。
「う……」
リラはジョシュアが目を覚ましたのを知ると、小さく声をあげた。
「ジョシュア! 良かった! 目が覚めて……」
リラは今にも泣きそうな表情だ。
「リラ……、良かった。無事だったんだね……」
そう言って起き上がろうとするが、体が鉛のように重い。
あれだけの暴行を受けたのだから当然であるが、不思議と痛みは全く感じなかった。
「あ、だめよ! まだ起きちゃ! 寝てて」
リラが咄嗟に制止する。
ジョシュアは仕方なく大人しく横たわっている。
「リラ、ごめんね。守りきれなくて……。でも無事で本当に良かった……」
ジョシュアから出た謝罪の言葉にリラは大きく頭を振る。
「謝らないで……! ジョシュアは身を挺して私を守ってくれたじゃない……。ありがとう。すごく嬉しかったけど、でも……同時にジョシュアが死んじゃうんじゃないかと思ってすごく怖かった……」
悲痛な面持ちでリラが言う。
「心配かけてごめん……。僕もあの時はもうダメかもって正直思ったんだけど……」
そこまで言って脳裏に浮かんだのは、意識を失う直前に見た、一人の女と、地面に平伏していく男達の姿。
「そういえば、誰かが僕たちのことを助けてくれたの……? 今気づいたけど、ここは……?」
「そうね。ちゃんと説明するから、ちょっと待っててね」
そう言ってリラはおもむろに立ち上がり、部屋の外に出た。
リラが出て行った後、改めて部屋を見回すと、シンプルだが、質の良さそうな茶色い木のテーブルと椅子が見える。
そして今自分が横たわっているのもふかふかのベッドであることに気づく。
ひと目見て、ここの部屋の持ち主がただの農民ではないことが窺える。
そんなことを考えていると、コンコンと静かに部屋をノックする音が聞こえた。
ジョシュアがどうぞ、と答えると、ゆっくりと扉が開けられる。
中に入ってきたのはリラともう一人。
白い無地のドレスを身に纏い、流れるように綺麗で長いブラウンの髪と切れ長で大きな目を持つとても美しい女。
見た所、ジョシュアやリラ達より少し年上のお姉さんといった感じだ。
清楚で上品な雰囲気とどこか神々しさを漂わせ、その雰囲気はさながら女神のようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます