第9話 家族会議と旅立ち

「ジョシュア……」


ペンデュラムや鏡のことを話している間、ジュリア達はただ黙ってロジャーの話を聞いていた。途中で話に水を差す事もせず、ジョシュアとリラを見守っていたのだ。


そして一連のやり取りを終始申し訳なさそうに見ていたリラが、重々しく口を開く。


「……私のせいで、多大なご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ございません……。お願いできる立場ではないのですが……、どうか、ジョシュアと一緒に旅をさせて頂けないでしょうか……!」


そう言ってリラは深く頭を下げる。


その様子に、ジュリアは、

「リラちゃん……。言ったでしょう。あなたはもう私たちの家族だって。だからそんな他人行儀で申し訳なさそうにしないで……」

と少し悲しそうに、しかし柔らかい表情で諭した。


「私からも頼む……。どうか二人を行かせてやっておくれ……」

ロジャーもまた、ジュリアとブライアンに向かって頭を下げた。


「……なるほど。話はわかりました。その鏡を見つけるのに、国境を越えてウェイスト村まで行かなければならないということ……。ただ……、ルイーブル王国は秩序も乱れているし危険も……」


ブライアンが複雑な表情で答える。


可愛い息子を危険の伴う旅に出すことを心配しているのだろう。そんな父親の気持ちはひしひしとジョシュアにも伝わってきた。


さらにそこで、姉のキャロルもブライアンに加勢するように切り出す。


「私も……ジョシュアが旅に出るのは反対よ」


キャロルは一瞬リラの方を見て気まずそうにするが、それでもハッキリと反対の意を唱えた。


「姉さん……」

ジョシュアはキャロルに反対され、少し悲しそうな顔を浮かべる。


だが、愛する末っ子を危険な目に遭わせたくないというキャロルの気持ちも理解できる。


「……」

その場が重たい沈黙に包まれる。

暫くの間、誰も何も言葉を発しなかった。


時間的にはほんの数分だったが、ジョシュアにとっては、とても長い時間に感じられた。


……どうしよう。父さんも姉さんも、僕のことを心配してくれているのはわかってるんだけど……。


でも、僕はこのままリラが完全なドラゴンになってしまうのを見過ごすなんて嫌だ。どう説得したら……。


頭の中で必死に考えるジョシュア。


そんな重い空気の中、口火を切ったのは、母のジュリアだった。


「私は……」

ゆっくり話し始めると、皆がジュリアに顔を向ける。


「私は……リラちゃんのことを助けたいというジョシュアの気持ちを尊重したい。でも同時に危険な旅に出ることに対しては不安があるわ。他に方法はないのかしら……」


ジュリアの言葉に、ブライアンとキャロルは賛同するように頷き、ロジャーの方に視線を向ける。


しかし、ロジャーは申し訳なさそうな顔で

「……残念だが、他に方法はないんだ。タイムリミットがなければ、別の方法を探すということも出来たかもしれないが……」

と答えた。


ロジャーの言葉に再び重い空気が流れると思ったその時、今までずっと黙っていた兄のフレディがようやく口を開く。


「俺はさ、賛成だよ、ジョシュア」


フレディの予想外の言葉に、他の家族は目を丸くした。


「ちょっと……! フレディ、あんた何言って……」

キャロルが思わず噛みつく。


「確かに、旅には危険がつきものだし、俺だって不安がない訳じゃない。だがな、ジョシュアが自分の意志で決めたことに、俺は反対したくない」


「兄さん……」


ジョシュアは驚きと感動が入り混じった顔でフレディを見つめる。


「良いじゃないか! 女の子を助けるために、体を張る男。俺はお前を誇りに思うよ。それに『かわいい子には旅をさせよ』って言葉もあるしな」


フレディが明るい口調で言うと、場の空気が少し軽くなった。


「何その言葉。初めて聞いたんだけど」

キャロルが突っ込む。


「え? ああ……。なんか東の方の国の言葉だよ、たぶん……。ま、細かいことは気にするなよ。ははは……」


キャロルの鋭い指摘にあたふたするフレディ。


「ほんと適当なんだから」


呆れ顔で言うキャロル。


「兄さん、僕も初めて聞いたよ、その言葉」

「はは。お前の創作じゃないのか?」


ジョシュアとブライアンにも突っ込まれ、

「本当にどこかで聞いたことあるんだよ……!」

と恥ずかしそうに頭を掻きながら言うフレディ。


けれども、フレディのおかげで場の空気は完全に穏やかなものへと変わった。

そしてそこで、ジョシュアは改めて自分の気持ちを家族に伝える。


「父さん、母さん、兄さん、姉さん。旅が危険だということも、皆が僕のことを思ってくれてることもわかってる。でもやっぱり僕はリラを助けたい! できることは何でもしたいんだ! 心配かけちゃうけど……どうか旅に出るのを許してください!」


力強い目と声で訴えてくるジョシュアに、ブライアンは頷くしか出来なかった。ジュリアとキャロルも同じ気持ちのようで、静かに頷いた。


「……わかった。許可しよう。ただし、絶対に二人で無事に帰ってくると約束しろ」


「ありがとう! うん! 必ず二人で戻るって約束するよ!」


家族から無事に旅の許可が下り、ジョシュアは安堵したようだった。リラも安心したように顔を綻ばせる。


「皆さん……ありがとうございます……!」

深く頭を下げるリラ。


「私からも礼を言おう。旅の許可をしてくれてありがとう。そして、ジョシュア、お前さんにこれを……」


そう言ってロジャーが差し出したのは綺麗な銀色をした十字架のペンダントだった。


「これは……?」

ジョシュアに尋ねられるが、ロジャーはリラに渡したペンデュラムの時とは違い、言葉を濁す。


「……お守り……とでも言っておこう」


ロジャーの煮え切らない回答に、ジョシュアは不思議に思ったが、これ以上聞くことはなく、ロジャーに礼を言う。


「お守り……。ありがとうございます!」


「ああ。リラはペンデュラムを、ジョシュアはそのペンダントを肌身離さず身につけておくのだぞ。その二つには加護が込められている」


ロジャーは念を押すように言った。


「わかりました!」

ジョシュアの返答に、ロジャーは、うむ、とだけ返し、徐に立ち上がる。


「さて……私の話はこれで終わりだ。長居してすまなかった。そろそろ失礼するよ」


「あ、玄関までお見送りします!」


ジョシュアが言うと、ブライアンが制止するように待て、と言って首を振る。


「俺が見送るよ」


「……そう? それじゃお願いするね」

ブライアンからの申し出に驚きながらも、ジョシュアは父に見送りを任せることにした。


ロジャーはブライアンが自分に何か話があるのではないかと思い、松明を持って玄関を出たところで問いかける。


「何か……私に話があるのか、ブライアン?」


すると、ブライアンはやや棘のあるような声で尋ねる。

「……あんたは何者だ?」


そう問われ、ロジャーは思わず目を見開く。


「……どういう意味だ?」


質問で返してきたロジャーに、ブライアンは鋭い眼光で睨みつつ話を続ける。


「あんたは、俺が知っている村長じゃない。長い付き合いだ。それ位わかるよ。あんた、見た目は村長だが、中身は別人だろう」


キッパリと言い切るブライアンにロジャーは気まずそうに目を伏せた。


「ただ……あんたから悪意は一切感じられない。本当にリラを心配しているのは伝わってくる」


先ほどよりも、幾分棘のない口調で付け加えるブライアン。


そんな彼の言葉に、ロジャーは少し苦しそうな表情を浮かべる。


「……すまない。今は何も言えないんだ。あの子達が鏡を見つけた時に全てが明らかになるだろう」


それを聞いたブライアンは残念だと言わんばかりにため息をつく。


「……そうか」


「だが、信じて欲しい。私はお前たちの敵ではない。時が来たら全てを話そう。だから今は……」


悲痛な面持ちで訴えてくるロジャーに、ブライアンはこれ以上何も言わなかった。ただ、こくりと深く頷き、ロジャーに背を向けて、中に戻って行った。


「まさか……ブライアンに疑われるとは……」

松明を持っていても暗い帰り道を一人で歩くロジャーは、神妙な顔で呟く。


ゴーン……

「……! なんだ……?」


その時、ゴーンと重い鐘のような音が微かに聞こえたかと思うと、辺りの空気が今までとは一変。急に重苦しさを感じ、何かピリピリした緊張感が漂ってきた。


ドクドクドク……とロジャーの心拍数が上がっていき、額には汗が滲み出る。


「……気づかれたか……」


そう言った瞬間、ロジャーの頭の中に威圧感のある太い男のような声が響いた。声だけで姿は見えない。


『ロジャー』

その声はロジャーの脳内に直接語りかけてきた。


ロジャーはこの声の主に心当たりがあるようで、どこか観念したような、何かを覚悟したような顔で応答した。


「……はい」


すると……


『手助けが過ぎるぞ』

落胆と怒りが入り混じったような声で、その正体不明の『何か』はロジャーに苦言を呈する。


「しかし……!」


ロジャーの返答に、気分を損なったのだろうか。その声はますます怒気を含んでいく。


『最初に言ったはずだ。過度な手助けをすれば、あの娘の呪いが進行すると。それとお前自身、借り物の姿から引き剥がして、地獄に堕とす……と』


鬼気迫る声にロジャーの顔はみるみるうちに青ざめていった。


「申し訳ございません……! 確かに行きすぎた手助けでした……。私はどうなっても構いません! ですからどうかあの子だけは……!」


ロジャーは正体不明の声に必死に懇願する。その全身は小刻みに震えていた。

すると、その『何か』の声色は少しだけ穏やかになった。


『……見逃すのは今回だけだ。次、手を貸せば……問答無用でお前もあの娘も終わりだ。よく覚えておけ……』


そう言い終わると、辺りを包んでいた緊迫感ある重たい空気は晴れ、ロジャーは道端にへたり込んだ。


はあはあ……と大きく肩で息をする。


「すまない……。私が助けてやれるのはここまでだ……。ジョシュア、どうかリラを……」


ロジャーは祈るように呟くと、その場で意識を失った。



翌朝になると、リラの半身は元の人間の姿に戻っていた。そして

旅に必要な準備を素早く済ませる。


家族に家族に見送られながら、ジョシュアとリラはフルハート村を旅立っていった。











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