第8話 呪い②
唯一覚えているのが、自分の名前とこの言葉だったけど……
呪いを解くためのヒントだったのね……。
『己の真相に辿り着け』は記憶を取り戻すということだとしても……、『人の愛を知り』ってどういうことなんだろう……。
その後に続く『心の声に耳を傾けたその時、最後の審判が下される』もよく分からないし……。
リラが思案していると、ロジャーが徐に席を立ち、リラとジョシュアの元へ歩み寄った。手には白い麻袋が握られている。
「リラ、ジョシュア。君たちに渡すものがある」
ロジャーはそう言って二人の目の前で白い袋を開けた。
中から出てきたのはクリスタルで出来た小さくて美しいペンデュラム。長い鎖が付けられており、首からかけられるようになっている。
「これは……?」
リラが不思議そうにペンデュラムを覗き込む。
「このペンデュラムは、お前さんにとって命綱と道標みたいなものだよ」
ロジャーの言っている意味がわからず、リラは怪訝そうにロジャーを見つめた。
「水の日、お前さんは大半の時間を水の中で過ごしていたのではないか? 現に今も水から出られないでいる」
ロジャーの顔が険しくなる。
「……はい。地上にいると息苦しくて……。水の中に入れば呼吸もスムーズで、冷たさも感じないし、心地よくいられたので……」
「だろうな。お前さんの特性上それは仕方のないことだ。地上に留まれるのは三十分のみ。それ以上は死を意味する」
「三十分……。それ以上は死……」
「そうだ。それでこのペンデュラムだが……」
そう言いながらロジャーはペンデュラムをそっとリラに手渡した。
リラは戸惑いつつも受け取り、まじまじと見つめる。
形は小さいが、とても上品な輝きを放っていて、存在感がある。
誰もが虜になりそうな程美しい。
「このペンデュラムは水の性質を持っていてな。これを身につけている間は、お前さんの半身がドラゴンになっても地上でずっと過ごせる」
「地上でずっと……」
「そうだ。半身が変化することは防げないが、少なくとも水がない所でも普通に過ごせるようになる」
その言葉を聞いて、リラは少し安堵したようにふうっと短く息を吐く。
「そして……ここからが本題だ」
ロジャーの表情と声色が先ほどよりも緊迫感を感じさせるものになった。
「本題……?」
「ああ。このペンデュラムは道標の役割をすると言ったが、それがどういうことか説明しよう」
言い終わるや否や、ロジャーは古びた地図を袋の中から取り出し、床に広げる。
「リラ、そのペンデュラムを地図の上へ」
「は、はい!」
ロジャーに命じられ、リラはぎこちない手つきでペンデュラムを地図の上に持っていく。
すると、ペンデュラムの内側が激しく光だし、ゆっくりゆらゆらと揺れはじめた。
「う……動いてる!」
リラは驚きのあまり思わずペンデュラムを持つ手を離しそうになるが、なんとか堪える。
ペンデュラムは上下左右に揺れながら、最終的に地図上のとある地点を指し示した。
「ここは……」
身を乗り出して地図を見る。
ペンデュラムが示した場所は『ウェイスト村』と書かれていた。
「ウェイスト村……? 聞いたことないな」
横で見ていたブライアンが怪訝そうな顔で首を傾けている。
「だが……位置的に隣国のルイーブルか……?」
地図の位置関係からみて、隣国のルイーブル王国にある村だと推察。
「正解だ」
「確かルイーブルって、最近国王がいなくなって統治が乱れてるっていう噂がありましたよね……。というか、そのペンデュラムはどうしてこのウェイスト村を指しているのでしょうか? この村に何かあるのですか?」
ジョシュアが疑問を口にすると、ロジャーは深く頷いた。
「そうだ。このペンデュラムはとある不思議な鏡と対になっていてな……」
「不思議な鏡……?」
リラとジョシュアは揃って訝しげな顔でロジャーを見つめている。
「それは『Mystic Mirror』と呼ばれているが、鏡に映った人間のこれまでの生き様を映し出すと言われている。その者がどういう人間で、どう生きてきたか、真実の姿を映し出すんだ」
「真実の姿を映し出す鏡……」
「ああ。だからその鏡を見つければ呪いの解除に大きく近づく」
呪いの解除と聞いて、二人の表情が明るくなった。
「なるほど! それで、この鏡はウェイスト村にあるということですね!」
リラの呪いを解くために協力したいと申し出ていたが、実際の所、どうすれば良いか皆目見当がつかなかったのだ。
しかしロジャーの話を聞いたことで、自分達のやるべきことが分かり、大きく前進した気がした。
「そうだな。しかし、ウェイスト村にたどり着く為には、二つの村を越えていかなければならない」
ロジャーがそっと地図に指を差す。
そこには『ハザディー村』『アルメリ村』と記されていた。
「アルメリ村を抜けてしばらく歩くと国境がある。そこを通ってひたすら西に向かえばウェイスト村に到着するはずだ。ただ……」
そう言いかけてロジャーは顔を曇らせた。
……どこまでが許される? これ以上はさすがに危険か……?
「村長様?」
何かを言いかけて突然黙り込んだロジャーをジョシュアはじっと見つめる。
……いや。呪いが解けるなら、私はどうなっても構わない……!
「『Mystic Mirror』はまるで意志があるように移動する」
「鏡が移動?」
鏡が意志を持っていて、さらに移動すると聞き、リラとジョシュアの顔が困惑の色に染まっていく。
鏡が自らの意志で動くなんて想像するだけで不気味だ……。
「そして、一つの場所に留まっているとされる期間は約三ヶ月。その後は一年のインターバルを置いてからまた別の場所に出現すると言われている」
「三ヶ月間……。それに一年のインターバル……。その一年間、鏡はどこにあるんですか?」
ジョシュアの疑問に対し、ロジャーは、うーんと唸りながら頭を掻いた。どうやって説明しようか悩んでいるらしい。
「この世界ではない所……とでも言っておこう。説明するのが難しい。……とにかく、この鏡を探せるのは年に一度、三ヶ月間のみ」
まさかそんな制約があるなんて……。
リラの心中は複雑だった。そんな短期間で見つかるのか……。再び不安に駆られる。
しかしさらに追い討ちをかけるようにロジャーは続けた。
「しかも私が見た所、この鏡がウェイスト村に現れてから既に一ヶ月経っている。……つまり、残り二ヶ月しか猶予はないのだ」
「二ヶ月……」
自身の呪いを解くための道筋が見えたのは良いが、時間の猶予がここまでないとは……。リラの心は再び暗い雲で覆われていく。
そんな短期間で……見つけられるのかな……。
しかし、その雲を取り払うように、ジョシュアは努めて明るい声で言った。
「じゃあ急いでその鏡を見つけるしかないですね! 地図もあるし、目的地もわかってるのは大きい。リラ、一緒に見つけよう!」
ジョシュアの健気な言葉に、リラの心にも少しだけ晴れ間が見えたようだ。
「うん……。ありがとう……! 呪いを解除出来るように頑張る」
リラの覚悟も決まったようだが、ジョシュアはまだ家族の許可を得ていないことを忘れている。
「ジョシュア、その前に……、家族に了承を得る必要があるだろう。お前さんはまだ十五。未成年なのだから」
「あっ……」
ロジャーに言われてようやく、自分たちだけで勝手に突っ走ってしまっていることに気づくジョシュア。
一瞬罰が悪そうに視線を逸らすが、すぐに顔を上げる。
「父さん、母さん。それに兄さん、姉さん。勝手に話を進めてごめんなさい。でも、僕はリラを助けたい。心配かけるかもしれないけど……どうか、旅に出ることを許してください」
力強く言うと真っ直ぐな目で両親と兄姉を見た。
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