第7話 呪い①

その晩……

領主との会合を終えたロジャーが、急遽ジョシュア達を訪ねてきた。

その手には白い麻布の袋が二つぶら下がっている。


「村長様! こんばんは」

明日改めて村長の元へ行こうと思っていたジョシュアは少し驚きつつもロジャーを出迎えた。


「どうぞ中へ入ってください」

「ああ。ありがとう。夜遅くにすまんな。お邪魔するよ」


柔らかい声で話すロジャーの表情には幾分翳りが見られる。


ロジャーは、水の張った桶の中で半身を浸けているリラの姿を目にすると、驚く素振りを一切見せる事なく素早く近寄った。


まるでこうなることがわかっていたように……。


「ロジャー様、こんばんは。あの……こんな姿で申し訳ございません。どうか、驚かないでください……」


懇願するように言うリラを、ロジャーは温かく優しい目で見ている。


「大丈夫だ。心配しなくていい。お前さんの事情はわかっておる」

リラを慰めるように柔らかい物腰で話すロジャー。


「明日でも良いかと思ったんだが……、お前さんのことが気になってな……。大事な話がある」


「大事な話……。僕も村長様にお尋ねしたいことがあります。……あ、すみません、どうぞこちらへお座りください」


そう言ってジョシュアはリラがいる近くの席にロジャーを案内する。


「ああ、ありがとう」


ロジャーが腰掛けると、ジョシュアはその対面に座った。

二人が席に着くと、ジュリアがぶどうジュースを出してくれた。


「ああ、ジュリア。すまんな」

一言礼を言うと、ロジャーは出されたぶどうジュースに口をつけた。


「ふう。やはり今年のぶどうは質が良いな。この豊潤な香りがたまらない」

「ふふ。喜んでいただけて嬉しいです。それでは、ごゆっくり」


軽く会釈をして下がろうとしたジュリアをロジャーが引き止める。


「ああ、待て。ジュリア。今からする話、お前にも聞いておいてもらいたい。ブライアンも」


「え? ああ、わかりました。ちょっと呼んできますね。……フレディとキャロルはどうしますか? 二人とも二階の自室にいますけど」


ジュリアが確認すると、ロジャーは少し考えてから静かに頷いた。


「そうだな。二人も呼んできてくれ」


「わかりました。では三人とも呼んできますね。少々お待ちください」

再度ロジャーに軽く会釈をし、ジュリアは足早に二階へ上がっていった。


彼らを待っている間、ロジャーはリラが半身を浸けている桶を一瞥し、何やら考え込むように視線を落とし、腕を組んでいる。


「……村長様?」


ジョシュアが不思議そうに呼びかけると、ロジャーはパッと顔を上げてジョシュアの方に体を向けた。


「ああ、すまん。つい考え事を……」

「いえ。それは大丈夫なのですが……」


……考え事の邪魔しちゃったかな? 

幾分申し訳ない気持ちになるジョシュア。


「……そういや、さっき私に尋ねたいことがあると言っておったな?」


「はい。あの……、村長様には何か特別なお力があるのですか?」

ジョシュアはブライアンから聞いていた噂の真相を確かめたかった。


「私に特別な力……。どうしてそう思ったのだ?」


ロジャーに聞き返され、ジョシュアは一瞬口籠る。


「えっと……」


……父さんからそういう噂があると聞いたから……とは言わない方がいいよね……?


「今日、村長様がリラに万一の時は水を用意しなさいって言っていたので……。リラが今のような状況になるのを、もしかして知っていたのかと思って……」


ジョシュアの言葉に、ロジャーは納得したように、そうか、と頷いて見せる。


「なるほど。それで私に特別な力があると思ったのか。……まあ、お前さんがそう思うなら、そういうことにしてくれても構わないよ」


ハッキリ断言することはせず、かと言って否定もしない返し方だ。


その時、

バタバタバタ……と足音が聞こえてきた。

どうやら、ブライアン達が降りてきたようだ。


「村長、お待たせしました」


ジュリアはそう言うと、ロジャーの斜め前に着席した。その隣にキャロル。ブライアンはロジャーの隣に腰掛け、フレディはブライアンの隣に座る。


「やあ。改めて、遅くにすまないね……。皆に集まってもらったのは、リラのことで話があるからだ」


ロジャーはぐるりと全員を見渡すと、少々重々しい声と険しい顔つきで話始めた。


「本題に入る前に……、今から話すこと、リラについてなぜ私が知っているのかは不問にして欲しい。さっきジョシュアから特別な力があるのかと聞かれたが、その力のせいだと思ってくれて構わない」


ロジャーの言葉に、戸惑いを見せる者もいたが、それでも全員コクリと頷いた。

それを確認したロジャーはゆっくりと話を続ける。


「リラが半身だけドラゴンの姿に変わってしまうのは一種の呪いと考えてくれ。そしてこの呪いだが、発動するのは基本的には週に一度。水の日だ」


水の日とは、七日間で一つの区切りとした時に、三日目の日のことだ。

月の日から始まり、火の日、水の日、木の日、金の日、土の日、陽の日で一サイクルとなっている。


「呪い……」


リラが沈鬱な面持ちでポツリと呟く。


「だが、水の日以外にも発動することがある。それは雷が鳴った時だ」


そこで、リラとジョシュアはハッとする。


今日の昼頃、天気が急変し、落雷した後でロジャーがリラに注意喚起していた理由がわかった。


「週に一度、水の日は、日付が変わったと同時に発動し、元に戻る時も次の日に変わる時、つまり0時になると同時に戻る」


「なるほど……」

ジョシュアは昨日、森の中で朝、目覚めた時にリラの半身が人間に戻っていたことを思い出していた。


「ああ。だが雷の後は、その日の内に発動するんだ。そして厄介なことに、雷がなった後、変身するタイミングはバラバラ。すぐの時もあれば、暫くしてから変身することもある」


確かに、リラの半身が変わったのは、村長の家から帰ってきて、その後店の手伝いをしようとしていた時だった。落雷後、すぐに変身した訳ではなかった。


「それと、元に戻るタイミングも不規則的だ。早くて数十分や数時間で戻ることもあれば、遅ければ丸一日以上戻らないこともある」


そこまでロジャーが話終えると、ジョシュアはリラの方に視線を向けた。


明かされていく自身の状態に、大きな不安を抱えているようで、悲痛な表情を浮かべ、小刻みに体を震わせている。


……リラ、大丈夫かな? とても不安そうだ。そりゃそうだよね……。

ジョシュアはリラの胸中を考えると、心が痛くなった。


なんとかこの呪いを解く方法はないのかな……。


「リラ、辛いとは思うが、今の状態を理解することはお前にとって大事なことだ。気をしっかり持ちなさい」


リラの顔がどんどん暗く曇っていくことに気づいたロジャーは、

励ますように、力強く声をかける。


「はい……」

リラはロジャーに視線を向けて、弱々しくもゆっくり頷いた。


「ここからは、さらに過酷な話になるが……」

ロジャーがそう前置きすると、リラの目にさらなる緊張の色が走る。


「一年以内にこの呪いを解かなければ、リラ。お前は完全なるドラゴンになってしまう。もう人間の姿には二度と戻れない」


「えっ……」

ロジャーの言葉に顔を硬らせるリラ。


「そして変身の回数を重ねる度に、お前はドラゴンの性質に近づいていく。最初の内は見た目に変化は見られないだろう。だが、お前の身体の中の細胞は確実に変わっていく」


ロジャーの言葉に、リラだけでなく、その場にいる全員の表情が固まる。


「そんな……!」

真っ青な顔で悲痛な声を上げるリラ。


確かに、いずれ元に戻れなくなるかもしれない……と薄々思っていたが、いざハッキリと、それも一年以内という具体的数字で言われると途端に現実味が帯びてくる。


さらに変身を繰り返す度に、ドラゴンの性質に近づき、最終的には完全なドラゴンになってしまうというのだ。


これで不安になるなという方が無理な話である。


先ほどとは比べものにならないくらい、ガタガタと大きく体を震わせ、目に涙を浮かべるリラ。


ジョシュアはとうとう見ていられなくなり、スッと立ち上がると、リラの元へ駆け寄った。


彼女の横にそっとしゃがみ込み、なんとか落ち着かせようと、ゆっくり語りかける。


「リラ。大丈夫……! きっと何か呪いを解く方法はあるはずだよ! だからもう少し村長様の話を聞いてみよう」


優しく包み込むような温かい声色で言われ、リラは少しだけ落ち着いたのか、震えが先ほどよりも小さくなった。


「うん……」

ジョシュアの言葉に答えるように、ロジャーが話を続ける。


「呪いを解除して完全な人間に戻る方法は、まずは失った記憶を取り戻すことだ」


「記憶を取り戻す……」


ボソッとロジャーの言葉を繰り返すリラ。


「呪いをかけられる前、お前さんは何者で、どういう人生を歩んできたのか……。真相に辿り着くことが先決と言えよう」


それを聞いたリラの脳裏に浮かんできたのは、記憶を失う前……、誰かが言ったあの言葉……。


『汝、人の愛を知り、己の真相に辿り着け。心の声に耳を傾けたその時、最後の審判が下される』







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