第6話 異変

家に帰る途中、ジョシュアは先ほどの出来事について、考えを巡らせていた。


天気の急変はこの国では珍しいことではないが、あんな一瞬で悪化してすぐに快晴に戻るなど、今まで起こったことがない。



「本当に何だったんだろう……。村長様が言ってた『神の仕業』って言うのも気になるし……」


「私も驚いちゃった……。あんなこと起こるんだね」

リラがジョシュアに返すと、ジョシュアは大きく目を見開き、困惑した表情になる。


「……えっ! 僕、もしかして声に出してた?」

「え? うん……。話しかけられたかと思って……」


どうやら心で思っていたことを無意識に口に出してしまったようだ。

ジョシュアは恥ずかしそうに顔を赤らめて俯く。


「ははは。まあ、そう気にするな」


ブライアンが慰めるように声をかけるが、ジョシュアは恥ずかしさでいっぱいというように顔を背けている。


「しかし、さっきのは確かに俺も気になる所だな。天気もだが、村長の様子が……。いつもの村長じゃなかったような……」


「うん……。確かに、落雷があってからの村長様、何かを警戒していたような……そんな雰囲気だった」


ジョシュアがそう答えると、ブライアンはコクリと深く頷いた。そしてやや躊躇いながら言葉を続ける。


「実はな、村長には特別な力があるって噂があるんだ。ごく一部で言われていることだし、本当かどうかは謎だが……」


「特別な力?」

怪訝そうな声色で返すジョシュア。


「ああ。なんか人間以外の生物に取り憑かれたり、奇妙な現象が起こったり……。俺も最初は信じてなかったけど、さっきのことを目の当たりにしたら、噂は本当なんじゃないかって思えてきたよ」


真剣な眼差しで語るブライアン。

実際、半身がドラゴンに変わるリラがいるのだから、ロジャーに何か特別な力があったとしてもおかしくはない。


……もしかして、村長様の力、リラと何か関係あったりするのかな? いや流石にそれはないか……。でもなんか気になるな……。


そんなことをあれこれ考えている内に、気が付くと自分の家に到着していた。

家の外で姉のキャロルが洗濯物を干しているのが見える。


「姉さん、ただいま」

「あら、お帰りなさい。早かったわね」

「うん、変な天気になったから早く帰ってきたんだ」


ジョシュアがそう言うと、キャロルは不思議そうに眉を顰める。


「え? 私ずっと外にいたけど、良いお天気のままだったわよ」


キャロルの言葉にジョシュア、ブライアン、リラは互いに顔を見合わせた。


「まさか……村長様の家周辺だけだった……?」

ジョシュアはヒヤリと背中に冷たい汗が流れるのを感じる。


キャロルはそんな様子を気にすることなく、ジョシュアたちに家の手伝いを命じた。


「それより母さんと兄さんを手伝ってあげて。今お客さんたくさんいるから」

「う……うん。もちろん」


ジョシュアとブライアンの後にリラも続いて中に入っていく。


店内は午前中の仕事を終えた客で溢れており、ジュリアが接客していた。フレディはどうやら厨房にいるようだ。


「こんにちは!」

ジョシュアが愛想よく挨拶すると、客達もまた、

「おう! ジョシュア!」

と威勢よく返してくれた。


そして客の一人が、ジョシュアの後ろにいるリラを見つけると……


「おお? ジョシュア! 誰だい? その可愛いこちゃん!」

エール片手に豪快な笑みを向ける客達に、リラは少し戸惑いながらも、しっかりと挨拶をする。


「はじめまして……! リラと申します」

リラが話すと、客達から次々と歓声が上がる。


「リラちゃん! 可愛い……! 癒される!」

「おい、ジョシュア、どこでこんな可愛い子見つけてきたんだよ?」

「将来のお嫁さんか?」


矢継ぎ早に飛んでくる言葉にジョシュアは苦笑いを浮かべながら対応する。


「彼女は身寄りがなくて、うちで一緒に暮らすことになったんです。この村に来たばかりで、分からないことも多いと思うから皆さん助けてあげてくださいね」


ジョシュアがそう説明すると、

「そういうことなら任せな!」

「リラちゃん、困ったことがあったら何でも聞いてくれよ」

と次々に温かい言葉が飛び交った。


「はい、ありがとうございます」

客達に向けて丁寧に頭を下げるリラ。


頭をあげてジョシュア、ブライアンと共にジュリアの手伝いをするべく、彼女の元に行こうとするが……


「……!」

突如、自身の心臓がドクンっ……激しく跳ね上がるのを感じた。


「ううっ……」

加えて激しい息苦しさに襲われたリラは、その場で立っていられなくなり、床に座り込んでしまう。


「リラ! どうしたの? 大丈夫?」

苦しそうに青い顔で胸を押さえ、肩で息をするリラに気づいたジョシュアは慌てて側に駆け寄る。

……この感じはまさか……!

でもどうして……? こんな短い期間で変わるなんて今まで……

それにすごく……くるしい……

リラはあまりの息苦しさで見る見る内に顔が真っ青になっていき、とうとう意識を失ってしまった。


そしてその瞬間、

パアアアとリラの全身が強い光に包まれたかと思うと、一瞬で消えた。


ほんの一瞬だったが、その白い光は目を突き刺すような眩しさで、ジョシュアも客達も反射的に目を瞑らざるを得なかった。


「何だ何だ……一体何が……?」

目をそっと開け、飛び込んできた光景に客達はハッと息を飲む。


そこにいたのは、先ほど紹介された可憐な少女に違いなかったが、

その下半身は人間の姿ではなく、濃い紫色の硬い鱗で覆われた、蛇のような、ドラゴンのような……とにかく人間のモノではなかった。


「う……うわああああ!」

「なななな……何なんだその姿!」


客達は途端にパニックに陥り、慌てて店から飛び出していく。


「何だ? どうしたんだ?」


店内の騒ぎを聞きつけたフレディが慌てて厨房から顔を覗かせた。


そして外で洗濯物を干していたキャロルは、突然客達が血相を変えて飛び出して来たのを見て、慌てて中に入る。


「なに! どうしたの!」


勢いよくドアを開けたキャロルの目に映ったのは、下半身が異形の姿で生気がなく青ざめた顔色で意識を失っているリラと、焦りと不安を滲ませながら彼女を抱き抱えているジョシュア。


その横で心配そうに見つめるジュリアとブライアン、何が起こっているのか分からず困惑しているフレディの姿だった。


「これは一体……」

「キャロルか。実はさっき……」

キャロルが入って来たのに気づいたブライアンが事情を説明する。


「そう。そんなことが……。ジョシュアから一応話は聞いてたし、疑ってはなかったけど……。実際目の当たりにすると、リラちゃんが半身ドラゴンに変わるのって本当だったんだって実感するわね……」


そう語るキャロルの顔は、戸惑いと同情が入り混じったような複雑なものだった。


「ああ。俺だって初めて見て正直、何と言っていいか……。驚いてる……」

フレディが付け加える。


そこでジュリアが、

「ちょっと! 今はそんなこと言ってる場合じゃないわ! リラちゃん意識失ってるのよ! 苦しそうだったし、何とかしないと……!」

とリラの身を案じ、二人を諫めた。



「しかしどうすれば……」

ブライアンも焦りの表情を浮かべて必死に考えを巡らせる。


しかし未だかつてないことに遭遇している以上、有効な解決策など思い浮かぶ筈もなく、重い空気と沈黙が流れる。


「水……!」

その沈黙を破ったのはジョシュア。


「大きな桶いっぱいに水を用意して! 早く!」

「わかった!」


ジョシュアの言葉を受け、ブライアンとフレディが急いで水を汲みにいく。


『万一の場合は水を用意しなさい』とロジャーに言われたことをジョシュアは思い出していた。


……やっぱり村長様の持つ力とリラは何か関係があるもかもしれない……。もしかしたら、リラの姿が変わることがわかってて、水を用意するように助言してくれた……?


……でも今はとにかく、リラの意識を取り戻すのが先決だ。

父さん、兄さん。どうか急いで……!


祈るような気持ちで待つこと十数分……


「待たせたな! 持って来たぞ!」

フレディの太く張りのある声が店内に響く。


かなり急いで汲んできてくれたのだろう。ブライアンと共に息を切らしながら緊迫感溢れる表情で二人は戻って来た。


桶は宿泊客の洗濯も出来るよう特別に作られたもので、人の半身なら余裕で入る位大きい。


桶の半分より少し上まで水を入れれば、かなりの重さになるため、大人二人がかりでないと運べない。


それ程大きなものなので、使い勝手はあまり良くなく、普段は宿泊客がいても滅多に使うことはなかったのだが、まさかこんな形で役に立つとは……。


「父さん、兄さん、ありがとう!」

ジョシュアはリラを優しく持ち上げると、ドラゴンの半身を水に浸すように桶の中へ。


水がゆっくりと鱗に覆われた半身に染み渡っていく……。


そして水に浸かってものの数分もしない内に、血の気がなく青ざめていたリラの顔に徐々に赤みが戻ってきた。


「リラ! 目を覚まして……!」

力強い声で祈るように声をかけるジョシュア。


「……ん」

すると、ジョシュアの呼びかけに答えるように、リラが静かに目を開けた。


「……ジョシュア。……あれ? 私、どうしちゃったんだろう」

意識を取り戻したリラは、自身に起っていることが理解できていない様子だ。


「よかった……!」

ジョシュアは心底安堵したようで、途端に全身の力が抜けていくのを感じた。


心配そうに事の顛末を見守っていたジュリア達も皆一様にホッと胸を撫で下ろした。










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