第4話 少年家族とご対面
森から出てすぐに自分の家に戻ったジョシュアは、中で働いている母、ジュリアと兄のフレディに声をかける。
「母さん、兄さん、ただいま! 忙しい所ごめんね! 今すぐ話したいことがあるんだ!」
「まあジョシュア。どうしたの? そんなに慌てて」
ジュリアがソワソワしているジョシュアに少々驚く。
「どうした? 森で何かあったのか?」
フレディもジョシュアの様子を気にかける。
「あのね……信じられないかもしれないんだけど……」
そして、森でリラと会ったことを二人に話す。
ジョシュアは自分の家族を心から信頼し、決してリラのことを悪くしないという絶対の自信があったので、リラの姿のことも話した。
事の経緯を聞いた二人は当然驚きを隠せないという反応を見せたが、ジョシュアの真剣な眼差しと声色からこの話がからかいやふざけたものではないと判断した。
何よりジョシュアが嘘をつく子ではないと知っている。
「なるほどね。話はわかったわ。とにかく明日そのリラちゃんをうちに連れて来なさい。保護するわ。父さんが帰って来たら村長にも話してもらうわね」
ジュリアがやや緊張した面持ちで言う。
「ありがとう! 恩に切るよ! あとね、今日、森で一晩過ごしても良いかな? リラは今まで一人で過ごして来たし、比較的安全な森だけど、やっぱり女の子を一人にできないや」
「そうだな。とは言え、俺はお前のことも心配だよ。だから今夜は森の入り口付近で俺と父さんも野宿することにするよ! 何かあったらすぐにこの笛を鳴らせ」
そう言ってフレディは紐のついた小さな笛をジョシュアに渡す。
「ありがとう! すごく心強いよ! 僕は今から森に戻るから、父さんや姉さんにも話しておいてね」
「ええ。気をつけていってらっしゃい」
◇
ジョシュアが森を出ていってから、もうどれくらいの時間が経ったのだろうか。まだそんなに経過していないが、随分長く感じる。
とりあえず、この辺りで食べられる木の実や山菜、果物などを採取して食べたり、一人で森の中で歌って見たりして気を紛らわせている。
しかし何をしてもこの寂寥感は消えない。
ちょっと森の入り口の方まで行ってみようかな……? でもここから動かないでって言われてるし……
リラが悶々と考え込んでいると、遠くから湖へ向かって誰かが手を振っているのが見えた。
小走りでリラの元へ近づいてくる。
「ジョシュア!」
それが彼だとわかった瞬間、リラはこの上なく安堵の感情に包まれた。
「リラ! お待たせ!」
「戻って来てくれたのね!」
「はは。僕はちゃんと約束を守るよ! 家に戻ってリラのことを話したんだ。そしたら明日すぐに連れて来なさいって。うちで暮らしてもいいって!」
この森での生活が終わって、人と暮らせる。そう思うとリラは自分の心が温かくなっていくのを感じる。
「本当? 迎えてくれるなんて嬉しいわ! 今日一晩頑張れそう!」
「そのことなんだけど、やっぱり一人でここで過ごすのは良くないなと思って、今日は僕も一緒に過ごすよ! 家族にも許しをもらって来た」
「良いの……? 一緒にいてくれるのは心強いけど、何から何まで迷惑をかけてごめんなさい」
申し訳なさそうに言うリラにジョシュアは優しい声色で返す。
「そんなこと、気にしなくていいんだよ。困った時はお互い様だよ! 僕の村では、皆が支え合って生きてるんだ。明日から君もその一員になるんだから、助けるのは当然だよ」
「うん……! ありがとう!」
「少しでも元気になってくれたのならよかったよ」
リラの弾けるような笑顔を見て、ジョシュアも嬉しくなった。
「ねえ、私はこうなる前の記憶がほとんどないから何も話せないんだけど、ジョシュアやご家族のこと、それから村のこと、よかったら教えてくれない?」
「もちろんいいよ! でも長くなっちゃうかも!」
「大丈夫! むしろたくさん聞かせて欲しいわ」
「わかった! じゃあまずは……」
こうしてジョシュアは自分自身のことや家族、フルハート村のことについてリラにたくさん話し、リラも興味津々にジョシュアの話に耳を傾けていた。
二人はいつの間にか寝てしまったようで、気づいた時には朝になっていた。
「うーん……。あれ? 昨日あのまま寝ちゃったのか!」
ジョシュアは大きく伸びをしながら横にいるリラを見た。
「ん?」
昨日ジョシュアと話していた時、リラはずっと湖の中にいた筈なのだが、いつの間にかジョシュアの横でスースーと寝息を立てて眠っている。
リラの姿を見ると、ドラゴンのような鱗に包まれた半身が消え、完全に人間の姿になっていた。
そしてこれまたいつの間にか白い無地のドレスを身につけている。
ドレスと言っても、貴族が自分を着飾るために着る華やかで重そうな物ではなく、農民が日常的に着ているような、麻布で作られたチュニックのような代物である。
ジョシュアはリラを起こさないようにそっと立ち上がり、麻袋を持って周辺の木の実等を取りにいくことにした。
森の奥は野生の木の実や果実が豊富で、短時間の内に様々な食糧を確保できた。
リラの所に戻ると、彼女はゆっくりと上半身を起こす。
「あ、リラ起きた? おはよう」
「ジョシュア、おはよう。昨日私たち知らない間に寝てたのね」
「そうみたいだね。さっき朝食にいいかなと思って木の実と果物採って来たんだけど、一緒に食べよう?」
ジョシュアは木の実や果物がたくさん入っている麻袋をリラに見せた。
「わあ! ありがとう!」
リラはジョシュアの優しさに嬉しくなり、声を弾ませる。
「うん! そういえば昨日の夜、僕たち何も食べてなかったよね」
そう言いながら二人は麻袋にたくさん入っていた食料を、あっという間にたいらげた。
「さてと……お腹も満たされたことだし、そろそろ向かおうか」
「うん! よろしくお願いします」
元気よく言ったリラだが、やや緊張しているようだ。
ジョシュアはそんなリラの感情に気づいたようで、優しく声をかける。
「緊張してる? 心配しなくても大丈夫だからね!」
「実は少し……。でもジョシュアのご家族ならきっと素敵な人達なんだろうなって思ってるわ」
「うん! それは保証するよ。森の出入り口に父さんと兄さんが待機してくれているから、そこでまず二人を紹介するね」
「ありがとう」
こうして二人は森の出入り口に向かって歩き出す。リラと過ごした場所はかなり奥地なので、出入り口までいくのには少々時間がかかる。
途中で何度か休憩を挟みながら出入り口までたどり着くと、そこにはジョシュアが言った通り、父のブライアンと兄、フレディが待っていた。
ブライアンとフレディは、ジョシュアとリラに気づくと、右手を頭の上で大きく振って合図した。
ジョシュアも振り返し、リラの手を引いて足早に二人の元へ駆けつける。
「父さん、兄さん!」
フレディはジョシュアを再会するや否や、昨日と同じようにジョシュアの頭をグシャグシャと撫でた。
「わわ! 兄さん! 先に彼女を紹介させて!」
ジョシュアは困惑の声を上げながらフレディの手を下ろそうとする。
「そうだぞ。フレディ。レディの前で失礼ではないか」
父、ブライアンにも言われ、フレディはしゅんとした表情になった。
ジョシュアは少しばかり申し訳ないと思いながらも、二人にリラを紹介する。
「じゃあ、改めて。昨日伝えた通り、彼女がリラ」
緊張して表情が少し固いリラに、ブライアンとフレディは柔らかく温かな笑みを向け、緊張を解すように明るい声で言った。
「やあ! はじめまして。君がリラちゃんだね。父親のブライアンだ。話は聞いたよ。これからは君も俺たちの家族だ。よろしく!」
「俺は兄のフレディ。まさかこんなとびきりの美少女が家に来るとは……! ジョシュア、お前なかなかやるな!」
フレディはジョシュアの肘を軽く突いて茶化した。
「ちょっと兄さん! 変なこと言わないでよ! リラが困るじゃないか!」
ジョシュアは顔を赤らめながらフレディに反論する。
そんなやりとりを見て、少し緊張が緩んだのか、リラも穏やかな表情でブライアンとフレディに向き合う。
「リラと申します! この度は快く迎えて下さりありがとうございます。不束者ですが、何卒宜しくお願い致します」
そしてスカートの両端を掴み、片足を斜め後ろに引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、背筋を伸ばして挨拶をした。
とても優雅で美しく、見事なカーテシーである。
「……!」
それを見たブライアンは目を丸くする。
……これは、カーテシー。ここら辺の国じゃ貴族以上の女性が行う挨拶だ。記憶をなくしていると言っていたが、恐らく体に染み付いているのだろう。
となると彼女の出自は……。
「父さん?」
リラを見て何か考え込んでいる様子なので、ジョシュアは少し気になり、ブライアンの顔を覗き込む。
「ああ。なんでもないよ。見事な挨拶だったから、もしかしたらリラちゃんは、貴族階級……。良い所のお嬢さんだったのかなって思ったんだ」
ブライアンの答えにジョシュアも納得したのか、右手の拳を左手の掌の上で軽く叩いて見せた。
「ああ、なるほど。確かに……! そうかもしれないね」
庶民のような身なりをしていても、記憶をなくしていても、リラからはどこか品の良さを感じる。
「さて、とりあえず家に一度帰ろうか。それから、リラちゃんの事は、村長には昨日軽く話しておいたんだが、ちゃんと挨拶に行った方がいいな」
「そうだね。この村を統括しているのは村長様だし、挨拶はしておいた方がいいね。リラ、大丈夫かな?」
ジョシュアはリラに念のため確認をする。
「大丈夫よ」
「良かった!」
リラの了解も得られたので、一度家に戻り、母と姉にリラを紹介してから村長の所へ向かうことになった。
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