第3話 半人半竜の少女
森に入っていったジョシュアは、キャロルが書いてくれた薬草の見本を参考にしながら薬草を摘み取っていく内に、森の奥まできてしまったようだ。
「ここって結構奥地かな? でも姉さんが書いてくれた薬草の最後の一つがまだ見つかってないし……」
再び薬草の見本と生息場所を見る。
「やっぱりここよりもう少し奥に行った所だ。姉さん、毎回こんな奥にまで取りに来ていたのか」
足元に生えている草を注意深く見ながら、さらに森の奥へと入っていくジョシュア。
暫く歩いていくと、やがて小さな湖が見えた。
「湖がある! 水の確保していこ!」
ジョシュアが少し早足で湖に近づくと、誰か先客がいることに気づいた。
あれ? 誰かいるみたいだ。誰だろう? 知ってる人かな?
さらに近づいていくと、一人の少女が湖の中に入っている姿が見えた。
女の子だ! 何してるんだろう?
少女はジョシュアの視線に気づいたのか、こちらをバッと振り返る。
上半身何も身につけておらず、どうやら沐浴していたようだ。
それを知ったジョシュアは顔を赤らめすぐさま目を閉じて少女に謝罪する。
「わわ! ごめんよ! まさか水浴びしてるとは思ってなくて……!」
「あ……えっと……その、目を開けても大丈夫です……。髪の毛長いので隠れてるから。ただ……私の姿を見ても驚かないでね」
少女が奇妙なことを言い出すので、ジョシュアは気になってそっと目を開ける。
「!」
そこにいたのは、この世の者とは思えない程に美しい少女だった。
年はジョシュアと同じ十五位に見える。
傷み一つない綺麗な薄紫色の長い髪に、雪のように白い肌、見る物全てを取り込んでいしまいそうな、髪と同じ薄紫の大きな瞳。
ジョシュアは思わず息を飲み、固まる。
こ……こんな綺麗な子、今まで見たことないや……
だがそれと同時に少女の姿に驚きを隠せなかった。
少女の上半身は見る限り普通の人間の姿だが、下半身はまるで魚の尾のような、ドラゴンのような蛇のような……。とりあえず人間の足でないことは確かだった。
パッと見は人魚に近い感じである。
「き、君はその……人間……ではないのかい?」
恐る恐る尋ねる。
すると少女は少し困ったように眉を下げた。
「実は、私にもよくわからないの。こうなる前の記憶がほとんどないから……。人間の姿している期間の方が長いんだけど、時々この姿になっちゃうの」
伏し目がちに言う少女に何と返すのが最適なのか、ジョシュアは思考を巡らせる。
どうしよう……この状況はどういう言葉が適切なんだろう……。
うーん、全然言葉が思い浮かばない……。同情するのもよくない気がするし、『そうなんだ』だけだと、なんか素っ気ないし……。
何も言えずに、眉間に深い皺を寄せ、険しい顔で考え込んでいるジョシュアに少女は少し慌てた様子で言う。
「あの、心配しないでね! 私、こんな姿してるけど、何も危害を加えたりしないからね!」
その言葉を聞き、ジョシュアはハッとする。
もしかして……僕が彼女の姿に怯えて何も言えないと思ったのかな……?
「いや、それは大丈夫! そりゃ驚いたけど、君のことを怖いとか思ってないからね! ただ、なんて声をかけたら良いのか思いつかなくて……」
それを聞いた少女は安心したように顔を緩ませた。
「そうだよね。普通は驚くよ。でも危険な生き物と思われたくなくて……。あなたが怖いと思っていないなら安心したわ」
少女から溢れた笑みにジョシュアは思わずドキッとする。
本当に……こんな綺麗な子と話してるなんて信じられないや。これって夢オチだったりする?
「う、うん! 所で、さっきこの姿になる前の記憶がほとんどないって言ってたけど……」
「そうなの。かろうじて覚えてるのは自分がリラという名前であることと、天使が言った言葉……」
「天使……?」
ジョシュアは目を丸くして不思議そうに聞き返した。
「うん。姿はぼんやりとしか覚えてないんだけど……誰か……天使のような人が私の前に現れてこう言ったの」
リラは一呼吸置いてから言う。
「汝、人の愛を知り、己の真相に辿り着け。心の声に耳を傾けたその時、最後の審判が下される」
「最後の審判……?」
ジョシュアはやや緊張した面持ちでリラの次の言葉を待つ。
「最後の審判が何を意味するのかわからないけど……裁かれるということなら、私、何か悪いことしちゃったのかな……?」
不安げな表情を見せるリラ。
まだ会ったばかりだが、リラの雰囲気や言葉からは何か悪いことをしたようには到底思えない。
それに今日初めて会ったはずなのだが、何となく、懐かしいような……ジョシュアはそんな気持ちになった。そして不安そうにしているリラを励ますように言葉を繋げる。
「それはわからないけどさ、真相にたどり着くことがまず第一に必要ってことだよね! 僕にできることは何でも言って! 大した力になれないかもしれないけど、君の助けになりたいんだ!」
真っ直ぐな目で力強く言うジョシュアに不安が払拭されたのか、リラの目からそっと涙が伝ってきた。
「ありがとう……。私こんな姿になって……。今は半身だけど、いつか全身ドラゴンになって、人間には二度と戻れないんじゃないかって……怖くて怖くて……」
リラの涙にジョシュアは狼狽ながらも彼女を安心させるように、再度力強く言う。
「わわ! 大丈夫だよ! いや何が大丈夫とは言えないけど……これからは一人じゃないよ! 約束する! 絶対に君を助ける!」
「ありがとう。本当にありがとう……」
「うん! ところで、僕と会うまで一人だって言ってたけど、どうやって暮らしてたの?」
ジョシュアの疑問に、リラは涙を拭きながら答える。
「ずっと森の中にいたわ。木の実や山菜を採って食べたり、水はこの湖で調達したり。たまに人の気配もしたけど……、いつこの姿になっちゃうかわからないから、怖くて助けを求められなかったの」
「そうだったんだね。今日まで一人で頑張ってきたんだね! すごいよ!」
ジョシュアの温かい言葉にリラの涙腺はまた緩みそうになる。
「と、とりあえず、僕の家に来ない? 宿泊施設にもなってて、部屋はたくさんあるし、僕の家族も喜んで迎え入れてくれると思う!」
「本当?」
リラの顔が一瞬明るくパアッと輝く。
しかしすぐに心配そうに顔を曇らせた。
「でも……ご迷惑じゃないかしら……。それに、いつこの姿になるかわからないし……。今までは次の日に人間の姿に戻ってるんだけど、今後も必ず戻れるって保証はないし……」
不安そうな声で尋ねるリラに対して、ジョシュアは明るく答える。
「そこは大丈夫だよ! 僕の家族はみんな寛容で優しいから、安心して!」
「いいのかな……?」
「それにね、今は丁度美味しいブドウジュースがあるんだよ! 今年は豊作で質も良いから、いつもより美味しいと思う! ぜひ君にも飲んで欲しいな!」
ブドウジュースに惹かれたのか、さっきまで曇っていたリラの顔は一気に晴れやかになった。
「まあ! ブドウジュース! それはとても美味しそうだわ!」
リラが興奮したように言うのを見てジョシュアも嬉しくなった。
「でしょう? そうと決まれば早速……」
ジョシュアが今から行こう! と言い切る前にリラが遮る。
「待って! さすがに初対面からこの姿は怖がらせてしまうかも。今日はとりあえず、ここで過ごすから、明日からお邪魔させてもらってもいいかな……?」
そう言われて、ジョシュアは配慮に欠けていたことに気づく。
「確かに! ごめん、僕配慮がたりてなかったね……」
「ううん! むしろ私の方がごめんなさい!」
「大丈夫! 君が悪いなんてことは……」
言いかけて言葉を止める。
「君の名前、リラちゃんで良かったかな? さっき話の流れで、僕も自己紹介しようと思ってて言いそびれちゃった! 僕の名前はジョシュア。改めてよろしくね!」
「私もちゃんと名乗ってなかったね。改めて、私はリラ。よろしくお願いします!」
お互い改めて挨拶を終えた所で、ジョジュアは一晩ここで過ごすリラの身が心配になってきた。
「あのさ、今までこの森で過ごして来たと思うんだけど、今日一晩ここで過ごすって大丈夫……? 怖くない?」
ジョシュアに問われ、リラの顔に一瞬だけ陰りが見られた。
が、すぐに笑顔に戻る。
「……うん! 大丈夫だよ! 森で眠るのは慣れてるし」
ジョシュアはリラのその一瞬の感情を見過ごさなかった。
「ちょっとだけここで待っててくれる? すぐに戻ってくるからさ!」
「え……?」
リラはジョシュアの意図がわからず、困惑した様子で返す。
「う…うん。もちろん、ここで待ってるよ」
「絶対動いちゃダメだからね!」
そう言うや否や、ジョシュアはリラに背を向け、駆け足で森から出て行った。
「……」
一人残されたリラは少し心細くなり、視線を地面に落とす。
今まで一人だったから寂しさに慣れていたつもりだったんだけどな……。
久しぶりに人と話した後だからか、なんか急に寂しくなって来た……。
ジョシュア……戻って来てくれるって言ってたけど、本当にまた来てくれるかな……?
期待と不安が入り混じった表情で、リラは雲ひとつない青空をぼんやりと眺めた。
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