15、兄王子


 * * *


 ジェードより先に花の国に来ていた男は三人いる。その誰もが王子ではないが、貴族や大商人で、国王陛下の御落胤ごらくいんだそうだ。石持ちではあるが力が弱く、王家の一族として認められなかった男達だ。

 王子ではないといっても花の子に対しては強者の石持ちで、だから一部の花の貴人は彼らに助力を求めたのだ。その貴人が道を開き、人の子を迎えた。

 石持ちは体内に持つ石で、魔力を増幅させて使う。だから花の子よりも強い。

 世界の魔力を生み出しているのは花の子で、花の貴人は太陽に魔力を送る。その魔力が世界に送り出され、一部の人の子が増幅させて使っているのだ。



 イオンと別れたリーリヤは、離れた場所から第七王子とやらを見てみることにした。今度はぴったりとジェードがそばについてくる。余程油断ならない相手らしい。

 リーリヤも人の国を旅していた際、テクタイトの噂は聞いていた。

 空から飛来した石を身に宿した王子。手段を選ばない血塗れの王子。彼が最も多くの兄弟を手にかけたという。


 通路を兼ねた大広間に入ってきた第七王子は、背格好が美しいという意味ではジェードに似ていたが、顔つきなどはちっとも共通点がなかった。同じ冷たい目をしているが、ジェードとはどこか違う。

 ジェードの瞳に浮かぶのはは拒絶と無関心。第七王子のそれは、もっとそら恐ろしいものだった。


 なるほど、危険だ。リーリヤは納得した。

 第七王子のテクタイトは、連れてきた従者と迎え出た貴人の付き人達と会話をしている。そのままどこかへ移動していき、一瞬だけこちらを見た。

 ジェードとテクタイトの視線がぶつかる。テクタイトは微かに笑い、扉の向こうへ消えていった。


「千人くらいは殺してきた、というようなお顔をされていますねぇ」


 リーリヤは手すりに身をもたせかける。


「もっと殺している」

「あなたはあのお兄様と仲がお悪いのですか?」

「何度も殺されかけている。私を一番追いつめたのが奴だ」

「なんと酷い。悪い方ですねぇ。今度機会があったら、私が仕返しに一発ひっぱたいてやりましょう」


 片手をあげてひらひらさせるリーリヤに顔をしかめ、ジェードが手首を握った。


「絶対にあいつに近づくな」


 真剣な口調からして、余程手を焼く相手らしい。国一番の剣の腕を持つジェードが何度も追いつめられた経験があるのだから、油断ならない男であるのは間違いない。

 ジェードはふと眉間にこめていた力をゆるめて、リーリヤの顔に見入る。


「どうしました?」

「お前が他人に暴力を振るおうという発言をするのが新鮮だった」

「ジェード様。私にだって嫌いなことはありますよ。私が大事に思うものを理不尽に傷つける行為は私にとって悪です。悪は許しません」


 リーリヤは平和主義者だし、暴力は好きではない。ただ、何でもかんでも許せるほど心は広くないし、聖人でもない。時と場合によるが、誰かを守るなら殴りもする。自分は黙って殴られても、誰かが殴られるのは見ていられない。

 正義感が強いのではない。正義の定義は難しいので、突き詰めて考えるのはやめている。「私にとっての悪」という枠組みで判断していた。私を殴るのは悪ではないが、私の友を殴るのは悪で、悪人で、だからやり返してもいいことになっている。どうしてもへったくれもない。


「だから平手打ちをするというのか、あの男に」

「はい」


 ジェードは唇の端を持ち上げて、微かに笑んで見せた。リーリヤの発言のどの部分かが、彼を喜ばせたらしい。


「それは嬉しい話だが、テクタイトだけは駄目だ。あいつにお前が触られるのは我慢ならない」

「では、関わらないように気をつけましょう」


 ジェードを一時的に安心させようと、リーリヤは微笑んで彼の手を握った。

 だが、頭の片隅では「多分、そのうち関わることになるだろうな」と思っている。第七王子はジェードにこだわって複数回も暗殺を試みているのだし、ジェードはリーリヤのそばにいる。いずれ動きを見せるに決まっている。

 彼がろくでもない人間で、ろくでもないことをしでかし、ジェードや仲間の身が危険にさらされたとしたら、リーリヤはおそらく飛び出していく。


(先に謝っておきますね、ジェード様。申し訳ありません)


 そんな心の声に、ジェードが気づくはずもない。

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