14、到着


 * * *


 凌霄花のうぜんかずら公は天井が落ちてきて潰されたらしい。皆に頼んで瓦礫をどかしてもらうと、大きな蕾が地面にめりこんでいる。散った後に変わる蕾はごく丈夫で、これくらいではびくともしない。

 リーリヤは蕾を抱いて庭を目指し、廊下を歩き始めた。

 花の貴人は労働を好まない。宮殿の設備などに不具合があった場合、修繕するのは彼らの付き人の侍従達だ。


 今も、複数の付き人達が屋根を直すために奔走している。それを監督しているのは、会合も仕切っていた天竺牡丹ダリア公だ。あれは少数派のまっとうな花の貴人だから頼りになる。


(今は私がこうして、蕾になった者達の世話をしているが、私が散ったら誰かその役目を代わってくれるだろうか……)


 リーリヤは想像してみた。

 誰もしない気がする。そのうち咲くだろうからと放置されそうだ。

 野次馬のような貴人達が廊下に集まってくる中、リーリヤは流れに逆らって歩いていた。


「ご機嫌よう、白百合公」


 目の前に現れたのは、月下美人公のルナであった。リーリヤも挨拶を返す。ルナはリーリヤが抱えている蕾に目をやった。


凌霄花のうぜんかずら公ですね。いたわしい」


 美しい花の中でも、ルナはとびきり美しいと称賛される。長く白い髪は優美にうねって外へ跳ね、目鼻立ちも立ち振る舞いもまさに貴人。派手すぎないレースを重ねた衣装が似合っており、彼の美しさを際だたせている。

 リーリヤは髪を無造作に背中に流しているだけで、凝った衣服も着ていない。作業着を着ていないだけまだましだが、地味であった。

 ルナは目立つ男だが、物静かで発言も少ない。腹の内が読めないのだ。


「白百合公リーリヤ。あなたの献身には皆が感謝しておりますよ。あなたのような貴人がいらっしゃるからこそ、宮殿はこれまでもってきたようなものです。白百合公の慈愛の精神は、皆が見習うべきでしょうね」

「いやぁ、大したことはしてませんが」

「あなたは思慮深く、献身的で、物知りだ。誰よりも花の子と宮殿、人の世界について知っている。白百合公のような方こそ、王の代理に相応しいのかもしれませんね」


 集まってきていた花の子達が、月下美人のルナの発言に耳を傾けている。

 王の代理最有力のルナにこんなことを言われてはたまらない。周囲の「いやいや、あのリーリヤが……」という心の声が聞こえてきそうであるが、同感だ。


「とんでもない、私のような者など、なれるわけがありません」


 これっぽっちもなりたくないし、なったところでリーリヤに誰が従うというのだろう。


「任される素質があるからこそ、石版に名前が浮かんだのでしょう」


 月下美人のルナは穏やかに言うと、挨拶をして付き人を引き連れ、去って行った。

 リーリヤも軽いため息をついてその場を離れる。人混みの中から追いかけてきたのは、菫のイオンだ。


「ああ、よかった。誰が散ったのかと……ついにあなたがやられたと思いましたよ、リーリヤ」

「よかったはないでしょう、イオン。凌霄花のうぜんかずら公が散ったのですよ。ねえ? 可哀想に」


 リーリヤは蕾を抱え直すと、人間が赤子にするように声をかけた。


「知っていますか? 最近賭事が流行ってるんです。誰が王の代理に選ばれるかと。一番人気はルナですが、あなたも急に人気が出てきましたよ。殿下が登場したからでしょうね」

「私もルナに賭けますよ」

「何を言ってるんですか、弱気な」

「弱気も何も、私、選ばれたくないんです。知ってるでしょうが。辞退出来るなら今すぐにでもしてますよ」


 イオンは月下美人のルナを警戒している。本音だか嫌みだかわからないことばかり言うからだそうだ。


「あなたがルナを負かせられたらいいんですけど」

「負かせるって何です? 勝負などしていませんよ。それに万が一戦うことになったら、私はあの人に一撃でやられます」


 ルナは見た目が淑やかだが、剣の腕も立つのである。だから余計に一目置かれている。

 リーリヤは生まれつき戦闘に向いておらず、才能がないので諦めていた。


「ジェード殿下はどうしたんです?」

「離れてついてきてくださってますよ」


 一人で構わないと言ったのだが、ジェードは距離を置いてリーリヤを守っている。あんまりべったりくっついているとますます注目されてしまうからという配慮だろう。

 リーリヤはイオンを伴って凌霄花のうぜんかずらの蕾を庭に連れて行くと、他の蕾と並べて天日にさらした。


「みんな、よく寝て早く咲くんですよ。寂しいですから。待ってます」


 声をかけて庭を離れる。頭の片隅では、あの蕾は数日中に何体増えるだろうかと心配もしていた。場所が足りなくなるかもしれない。

 リーリヤとイオンが廊下を歩いていると、白薔薇のヴァイスがこちらに向かって来た。そのまますれ違うのかと思いきや、二人の前で立ち止まった。


 この白薔薇は赤薔薇同様、特にどの派閥にも属しておらず、自由にやっている。白薔薇も石版に名を連ねているが、さほど興味がなさそうだった。白薔薇は侍従をつけずにうろついていることが多い。


「白薔薇公ヴァイス」

「どうも。白百合公リーリヤ、あなたの王子殿下はどこにいるのかな?」


 あなたの王子殿下という言い方はどうなんでしょう、という言葉を飲み込み、リーリヤは後ろを振り向いて声をかけた。


「ジェード様」


 呼ばれたジェードがやってくる。白薔薇のヴァイスは頷いた。


「殿下、つい先ほど、あなたのご兄弟が到着なされましたよ」


 ジェードは眉をぴくりと動かし、目を細めた。歓迎しているような表情ではない。


「第七王子だな」

「ええ。第七王子のテクタイト様です」


 白薔薇のヴァイスは無愛想というのではないが、感情を顔に出さない男だ。やや身を乗り出してジェードの表情を観察すると、また背筋を伸ばす。


「どのようなお方がお聞きしても?」

「ろくな人間ではない。兄弟の中で、最もここへ来るべきではない者だ」

「そうだと思いました」


 面白がっているのか迷惑がっているのかわからない声音で言い、一礼をすると白薔薇は通り過ぎていく。彼は一足先に、第七王子とやらを見てきたのだろう。


「あれは悪魔だ」


 ジェードは呟く。何を思い出しているのか、彼の目はいやに険しくなった。


「花の国に至るまでの道で命を落とせばいいと願っていたが、やはりそう上手くはいかなかったな」


 現在開いている道は、かなり危険なものばかりだというから驚いた。しかもジェードはその中で最も危険な道を選び、たった三日で到着したのだという。


「どうしてそんなに無茶をしたのです」

「お前に一日でも早く会えるのなら、どんなことでもやってみせる」


 イオンは、リーリヤに生温かい視線を向けてくる。おアツいようで、とその瞳が言っている。

 自分も他人へあれこれ文句をつけられる動きをしてきていないから黙っていたが、内心では頭を抱えたくなるリーリヤだった。

 こうして、第十五王子のジェードに二十日ほど遅れて、第七王子テクタイトが花の国に到着した。

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