9、交わりの花


「何故だ?」

「お嫌でも抱くのをおすすめします。体を回復させて明日に備えておくべきでしょう」


 苛立ちを覚え、ジェードは彼に近づくと手首を握った。


「何故そこまでしようとする?」


 淫乱が誘うのとはまた雰囲気が違う。全く、心からの「親切心」がそうさせているらしい。理解できない。


「私……」


 リーリヤは困ったように微笑んだ。


「私、他にあなたにして差し上げられることがないので。花は、抱かれないと咲かないのですよ」


 だから体を許すというのか? 見ず知らずの、素性もわからない男に?

 馬鹿げている。


「お前の今の話を全て信用すると思うのか? 交わるのに夢中になっている隙に、仕込んだ何かで私を刺すかもしれない」

「色仕掛けを疑われているのですか……。そんなに魅力的じゃないと思うけどな……」


 これだけの美貌を持ちながら、本人には自覚がないらしい。

 呟きながら自分の体を見下ろしたリーリヤは、何かひらめいたのか顔を上げ、両手首を合わせて持ち上げた。


「でしたら私の手首を縄で縛って、何も出来ないように拘束したらよろしいでしょう。そうすればあなたは安全です」


 安心させようとするような微笑みを見て、常軌を逸しているとジェードは思った。この男の言っていることが真実であるなら、明らかに危険なのはそちらの身であり、彼に利益は一切ない。

 理由のわからない怒りがこみ上げて、体を一気に熱くさせた。


 そこまで言うなら痛い目に遭えばいい。そして後悔すればいい。


 嗜虐心が刺激され、ジェードはリーリヤに渡された縄で言われた通りに手首を縛った。きつく縛ったので痛みがあったのだろう、やや眉をしかめたが、恐れのようなものは目に浮かんでいなかった。


 脱いだマントを下にして、リーリヤを押し倒す。

 心配そうな目をしているから何かと思えば、リーリヤが見ているのはジェードの体のあちこちに巻かれた包帯だ。


「痛みませんか」

「お前は自分の心配をした方がいいのではないか?」


 触れると妙に反応がぎこちなかった。とても誘った側の男の反応ではない。

 そんな疑問を悟ったのか、リーリヤは少しひきつった笑みを浮かべて弁解した。


「申し訳ありません。経験が多くないので……」

「花の子というのはあまり交わらないのか?」

「それぞれではないかと……。私は誰も抱いたことがありませんし、決まって抱かれる側なのですが、こういうのが得意ではないので、あまり積極的には挑んでこなかったと言いますか……」


 今までの余裕がなくなっている。

 それであの申し出をするのだから、やはり馬鹿としか言いようがない。しかしジェードにとってはこの男が慣れているかどうかなど大した問題ではなかった。

 万が一のことも考えてリーリヤに不審な動きがないかを観察しつつ、ジェードは花の味を堪能した。弱い刺激に悶えつつ、リーリヤは耐えている。


 ジェードは男を抱いた経験がなかったが、男の体がどんなものであるかは己も男なので知っている。男色家の話も聞いたので知識はあった。人間でないものにどこまで通用するかは知らないが。


 少し動いただけで、焼けるような快感が体に走っていく。体内に火がついて燃え上がり、意識か引きずられそうになった。禁忌の蜜に浸ったかのごとく、経験のない快楽に包まれる。我を忘れぬよう気をしっかりともつのに苦労した。


 リーリヤは目に涙を浮かべてのけぞった。象牙色の肌がなまめかしく炎に照らされる。陰影すら扇情的であった。


 宙に、白い花が浮かんで咲いた。見たことのあるようなないような花で、大きさは拳大だ。


 ぐったりするリーリヤはそのままに、ジェードは浮かぶ花を手に乗せた。


「それを……食べてみてください。あ……私が先に毒味しましょうか」


 荒い呼吸を落ち着かせようとしながらリーリヤが弱々しく囁く。

 これを食べて死んだところで、もうどうでもいいと思いながら花の半分を口でむしって食べた。


 驚くほど美味かった。見た目以上に食べ応えがあり、歯ですり潰すと濃い甘みが口の中に広がる。その甘みが鼻まで抜ける。花弁は喉に落ちると一気に乾きを潤した。

 馥郁ふくいくたる香りは、全身に特殊なエネルギーのように巡っていく。


 安堵と高揚感が同時に押し寄せて、思考が痺れた。麻薬のような、耽溺性のある薬を摂取した時と感覚が似ているが、それよりも遙かに心地よく、嫌な感じがしなかった。半分ではやめられず、残りの半分も口に放り込む。


「どうですか」


 これを食べて初めて、自分が自覚していたよりも弱っていたのだと気がついた。疲労は回復し、長い間何も食べずに痛みを感じていた胃の腑の具合も一瞬で良くなっている。


「あの花はまだ咲くのか?」

「はい。私が絶頂を迎えると……わっ!」


 みなまで聞かず、ジェードはリーリヤに覆い被さった。あんなものでは足りない。

 花が咲く度それをくわえ、リーリヤの口にも何枚か押し込んだ。己の絶頂を迎えた証をくわえる彼の姿は実に淫靡でジェードを欲情させる。


 そんな交わりが、どれほど続いただろうか。気がつくと、むせるほどの花の芳香が周囲に満ちている。それが花の子との情交を示すものらしかった。

 白い花弁があちこちに散っていた。結局何輪咲かせたのかは数えていない。


「ご体調の方は、いかがですか……?」


 肘をつき、起き上がりかけたリーリヤは手首のいましめがゆるんでいるのを見て、どうするべきか困惑しているようだった。

 手首が赤くなっている。その痕はジェードに自己嫌悪を抱かせ、無言で縄を外してやった。当の本人は手首を軽くさすっただけで、頓着していないらしい。


「顔色はよろしいようですね」


 それがさも嬉しいことのように微笑むと、リーリヤは落ちていた一輪の花を握った。次に手を開いた時には、花は種に変わっていた。


「花のままだと日持ちはしないのです。数時間で消えてしまう。けれど、こうして種に変えると持ち運びが出来ますから。どうぞ、持っていかれて下さい。これがあれば、二日くらいの飢えは防げます」


 自分よりも先にジェードの肩に布をかけ、それからやっとリーリヤは服を身につけ始める。尊厳を傷つけられるような、いたわりの欠片もない犯され方をしたというのに、表情にはまるで変化がなかった。

 ジェードにとっては、不気味で腹立たしいことだった。

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