6、闖入者
「ジェード様は、危険な方ではありません」
「何故そう言える?」
「私にはわかるからです」
馬鹿な答えだとしみじみ思いながら口にすると、「あなたの直感など信じられませんが」と胡蝶蘭から当然の横やりを入れられた。
「白百合公リーリヤ。あなたは、王子と結託して良からぬことを企んでいるのではないでしょうね?」
あんたみたいなボンクラが代理候補に選ばれた上に王子を丸め込むなんておかしいじゃないか、裏があるに決まってる、と言いたいのかもしれない。
訝るのも当然だな。確かにおかしい。どうしてジェード様はこれといった魅力もない私に夢中になってしまったのだろう。誰か教えてくれませんかね、と問いたいほどだ。
嫌みや難癖を気にしないリーリヤは、最も挑発しがいのない男として宮殿で名を馳せていた。ふにゃりふにゃりとかわしてしまう。
リーリヤに意地の悪いことを言う胡蝶蘭のファラエナに激怒したのは、
「誰に向かってそのようなことを言っているのですか、ファラエナ! あなたがその無礼な口をきいているのは他でもない白百合公リーリヤなのですよ! リーリヤが救ってくれなければ、我々は全員、この世にはいない!」
「あ、イオン……そんな昔の話はしなくても……」
耳打ちをして袖を引くが、振り払われてしまった。
話題の中心からいなくなりたいのに、いよいよ逃げられなくなってくる。
「救世主の白百合公だから言っているのです。その方はいつも、実に突飛な行動を起こして我々を驚かせてきましたからね」
「あなたのような方を、恩知らずと言うんだ」
「こちらも命がかかっておりますから、疑えるものは疑います」
菫と胡蝶蘭の口喧嘩は止まりそうにない。
リーリヤは
身を乗り出してリーリヤは笑顔で言った。
「はい、はい。では、その辺で……。ジェード様が怪しい方でないことは私が保証します。あの方が何かしでかした暁にはどうぞ、私を吊したり引きずり回したりして結構ですから。じゃ、これでよろしいですか? 別の話をしませんか?
「散った花のことなどどうでもいい。犯人なんてどうせ一人ではなし、仮に見つけたところでまた別の者が別の者を襲うでしょう。それより王子だ。ジェード王子は第十五王子という話でしたね? 他の王子も花の国に向かっているとの情報を得ましたが、あなたは聞いていますか?」
「いいえ」
話の軌道を変えられなかったことにがっくりときたリーリヤはうなだれた。
他の王子も来るという話に、場がざわつき始める。
「翡翠の殿下とは会話をなさっているのでしょう」
「はあ」
「何を話しているのですか、あなた方は」
大して話はしていませんよ。今日はとにかく疲れるほど交わって、あの人は口を開けば私を求める言葉ばかりです。心の中で呟く。
「胡蝶蘭公ファラエナ。無力な私をそう苛めないでください」
「無力とはよく言いましたね。あなたが得た後ろ盾は、我々にとっては脅威に他なりませんよ」
貴人達のざわめきはおさまらない。静粛に、と天竺牡丹公ギアルギーナが注意をするも効果はなかった。胡蝶蘭と菫はまた言い合いを始める。
どうしてこうなるかな、私は静かに暮らしたいだけなのに。とリーリヤはため息をつく。
私はただの世話好きの庭師で、土をいじって花や誰かの面倒を見ていたいだけなのだ。
しかしどうにかしなければ、とリーリヤは眉間を押さえながら言うべき言葉をさがしていた。
すると、会議室の両開きの扉が開く。
闖入者の登場に、室内は一気に静まりかえった。リーリヤも驚愕に目を見開く。
扉を押し開けて入って来たのは、丁度問題になっている人の国の王子、ジェードだったのだ。
リーリヤは片手で顔を覆って下を向いた。
「ああ、もっとややこしくなるな……」
ジェードは足音を立てて会議室を横切り、リーリヤの席の後ろで立ち止まった。
花の貴人の会合に人の国の王子が顔を出すなど前代未聞である。リーリヤは諦観の境地で深呼吸をして、微笑を浮かべた。立ち上がって王子を迎える。
諦めの良さは自身の長所の一つだ。こうなったら腹をくくるしかない。
「皆様。こちらが人の国の第十五王子、ジェード殿下にあらせられます」
ジェードは特に威嚇するでもないが温度のない眼差しで会する一同を見渡した。
「私のことで疑問があるなら、私が答えよう。白百合公は何も知らない」
「それでは失礼ながらお聞きいたします。殿下と白百合公はどのようなご関係で?」
こちらも動じていない胡蝶蘭のファラエナが即座に質問をする。
「親しい友人だ。彼が外の世界を旅していた時に偶然行き合って、私は命を救われた。きな臭い問題に我が友が巻き込まれていると知り、恩を返す為に助力を申し出たのだ。あくまで個人的な感情からのことで、人の国は一切関係がない」
王子はかなり配慮した発言をしてくれているらしい。友人、の言葉がそれをあらわしている。
「他の王子が花の国へ発ったという話は?」
「私は兄弟王子のことについては関知していない」
「あなたは王子の中でも秀でた武芸の才を持つと伺っております。次の王位に最も近いのではないかと人の国で噂をされているそうですが」
「私は王になるつもりは一切ない。人の国の王族に生まれてきたが、人の子に肩入れはしない。他の王子達は敵対者で、私はこれまで命を狙われてきたので奴らと組む気もない。私が味方をするのは、白百合公リーリヤだけだ」
何故です?
祖国よりも私を好きだと仰るのですか? こんな男のどこがいいんです?
二人きりでいたならそう尋ねたかった。
そんな疑問は、リーリヤだけではなくその場にいるほぼ全員が抱いていそうだった。不思議そうな顔つきをしている者が多い。
「すなわち、私は貴殿らの敵ではない。この白百合公は呆れるほどお人好しで、常軌を逸した奉仕精神の持ち主であることは周知の事実である。白百合公は同胞を裏切らないだろう。彼の敵が私の敵となる。白百合公よ、彼らはお前の敵ではないな?」
「はい。一人残らず大切な同胞です」
「そういうわけだ」
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