第23話
本部長室を目指す空たちはその手前、忍谷の部屋で傷の手当てをすることに。
鳶の大剣は制服の五倍の強度を誇る防護服をやすやすと切り裂いていた。
イツッ。と小夜の手当てを受ける空が声を上げる。
「――これでよし。雅弓ちゃんはどう?」
「鼻の骨は折れてないようですし顔を擦りむいたぐらいですから」
「小夜ちゃんはどう?どこか痛む?」
「私はぜんぜん」と小夜が言うが顔は暗い。
「――鳶さんのこと?」
空がそう聞くと小夜は小さくうなずいた。
「大丈夫ですわよ。仮にも大隊長なのですから」
そうだね。と小夜が顔を上げ立ち上がる。
雅弓は使い切ったアイフェックスを部屋に置くと先導し部屋を出た。追手や新手は来ない。
「――行こう」
空たちはすぐそこの本部長室へと駆けると聞き耳を立てるように壁際に立った。
寄りかかった状態で空がドアノブにそっと触れ鍵が掛かってることを小夜に身振りで教える。
中に隊員がいることも考えステルスではなくダイナミック・エントリーで突入することを決め、小夜が扉の前に立つと翼を生やし戦斧を構えた。
扉を破壊すると同時に両刃剣持った雅弓と片手に刀と催涙弾持った空が入ってすぐの脇を固める。
部屋の中は薄暗く普段使いはしていないのか埃が舞う。
雅弓が警戒しながら部屋の電気をつける。
「誰もいない?」
得物を構えた小夜が言う。
「もしや連れていかれたのでは」
「ううん、違う」
空は催涙弾をしまい込むと壁際の本棚に向かって小さく声を呟き反響定位させてみた。
「この本棚の裏側空洞になってる。小夜ちゃん手を貸して」
雅弓が見張りに徹し空と小夜が本棚を横にずらす。
「隠し通路だなんて今どき小説でもやりませんわよ」
雅弓を殿に空が短い通路を行く。
通路の先はこじんまりとした部屋というよりは物置だった。
「隠し通路じゃなくて元々資材置き場だったんだ」
床には備品の消火器やらが置いてある。そんな備品の中にヒマワリの絵が描かれた絵本がまぎれていた。
小夜が拾い上げようとしたとき微かに物音が。
その微かな音を空は聞き逃さず物陰を覗き込む。
「――はじめまして」
子供が、ヘリオスがそこにいた。
空に続いて雅弓と小夜も言葉をかける。
黙りこちらを窺うヘリオスに対して雅弓がそっと手を差しだすとビクつき頭を抱え丸まってしまう。
「大丈夫だよ。私たちはあなたを救助しに来たの」
小夜が物腰柔らかく声をかける。
だがヘリオスの震えは止まらない。
「――救助が遅くなってごめんなさい」
空はヘリオスの片手に触れるとそっと包み込んだ。
ヘリオスが少し顔を上げ空たちを覗き見ていつもの隊員ではないとわかったのか丸まったまま顔を上げた。
あと一押しというところで小夜が得意げな顔をみせながら大型のポーチから弁当箱を取り出した。
「小夜さんあなたそんなものを持ってきてたんですの?」
「私が食べたくて持ってきたわけじゃないからね?」
小夜がそう言って蓋を開けてヘリオスにみせた。
お弁当箱の中身は白いおにぎり。
「本当は黍団子をお願いしたんだけど『急には作れんよ』て朝明さんに言われちゃって」
どうぞ。とおしぼりと一緒にお弁当箱をヘリオスに渡す。
おいしいよ。と促されるままに一口。
「――おいしい」
空たち三人は顔を見合わせ笑う。
各々が自己紹介を済ませるころにはヘリオスは物陰から出てきていた。
「ねえ、あなたの名前を教えてくれるかな?」
落ち着いてきたと頃合いを見て空が聞く。
「私の名前?」
ヘリオスがうつむいたかと思えばめそめそと泣き出した。
「お母さん、お父さん――」
涙は熱湯に。熱湯は火の粉に。
赤みを帯びた体が熱を持ちはじめ手にしていた食べかけのおにぎりが黒く炭になったかと思うと灰になり崩れた。
すかさず空が手を握ろうとするがヘリオスの手はもはや防護服では触れられる状態ではなくなっていた。
「お母さん、お父さん――」
泣き声が一段と大きくなったかと思うと火が一瞬にして資材置き場を駆け巡り熱波によって空たちが弾き飛ばされる。
火の手は勢いを増し煙が立ち込めだす。その中央にいるヘリオスは今や黒い炭のよう。
空はマスクを取り出し装着したが『聞くことはない』と言われた最大レベルの警戒音が鳴り響きだしたので投げ捨てた。
止血用のハンカチを口と鼻に当て姿勢を低くし翼を盾にヘリオスの元へと踏み出す。
零れ落ちる火の粉は種となり彼岸花が芽吹き花開くたびに熱波を生む。そのたびに空の翼は蝋細工のように簡単に溶けた。
あと数歩というところで空が膝をつきそのまま倒れ込みそうになる。
「空さんしっかりしてくださいまし!」
雅弓は空を抱きとめると水の膜で包み込んだ。
また熱波が迫る。それを小夜が翼を溶かしながら受け止める。
「雅弓ちゃん――小夜ちゃん――」
空が雅弓の肩を借りて起き上がると再びの熱波を翼で受け止めた。
雅弓のハウリングで水を纏いながら空と小夜が交互に熱波を受け止め羽を散らしながら進んでゆく。
「助けに来たよ。大丈夫だから」
必死の空の声も炭である彼女には届かない。
先の戦闘で破れ解れた場所が燃えだしたかと思えば雅弓が膝をつく。
小夜も翼をだすことができなくなり力なく空にもたれかかった。
「大丈夫だから――」
力ない言葉と共に空がヘリオスへと手を伸ばすがあまりの熱さに伸ばしきれない。
パチリ、と炭である彼女が弾けたかと思えば空の瞳に生気が戻る。
「子供の――声?楽しそう。お母さん、お父さん――」
空がハッとしたかと思えば歯を食いしばりヘリオスへと手を伸ばす。
だがやはりその手は届かない。
あらん限りの力を持って伸ばすその手に一つまた一つと手が重なる。
「雅弓ちゃん、小夜ちゃん――」
三人重なった手がついにヘリオスへと届く。
手袋が燃える中空が叫んだ。
「小明(あかり)ちゃん!助けに来たよ!」
空がそう言うと部屋が一瞬静寂に包まれ資材置き場の火の手が弱まる。
「あなたの名前、小明ちゃんて言うんだよね」
「――うん」
小さくうなずく小明は炭ではなくなっていた。
小明は煤だらけの空たちを見たかと思うとまためそめそと泣き出す。
そんな小明を空が抱きとめる。もう燃やすほどの熱はなかった。
「大丈夫。もうお家に帰れるよ」
「空ちゃん。でもその子は――」
空は小夜の方を向くと首を振った。
「この子は捨て子なんかじゃない、内蔵っていう人にお金で買われただけなんだ。そのときの言い合いが私に聞こえた。小明ちゃんのお母さんもお父さんも最後まで食い下がっていたよ」
話の内容自体は理解してないだろうが親のことを聞いて安心したのか小明は泣き止まった。
「――内蔵」
「雅弓ちゃんどうしたの?」
「いえ、なんでも。それより早く脱出を」
通路を抜け本部長室に出るがそこは資材置き場よりも激しく燃えていた。
消防車のサイレンが響き外から放水が開始されるが弱まる気配がない。
空たちは一旦通路へと引き返し様子を窺う。
「ごめんなさい。私のせいで」
「ううん、小明ちゃんのせいじゃないよ。私たちだって力の使い方を誤れば火事の一つや二つ簡単に起こせる。だから勉強するんだ、自分のこと、力のこと」
「――勉強したらお姉ちゃんたちみたいになれる?」
「うん、なれるよ。小明ちゃんの持ってるその力で人を助けることができる」
火の手が通路にも迫ってくると後ろの資材置き場でくすぶっていた火種が再引火する。
「雅弓ちゃん、小夜ちゃんと小明ちゃんをお願い。まだハウリングできるよね?三人で廊下まで突っ走って」
「仮にできたとして空さんはどうなさるんですの?」
「私は後から行くよ。今は三人で脱出を――」
空がそう言うと小夜が思いっきり頬を平手打ちした。
「空ちゃんのバカ。空ちゃんが私たちを助けたいって思うように私も空ちゃんたちを助けたいって思ってるの。それなのに自分が犠牲になれば、なんて」
「小夜さんの言う通りですわ。幻中先生も言ってましたでしょ、人命には自身の命もあると」
「――ごめん。私焦ってた」
じりじりと迫る火の中四人が身を寄せ合う。
「どうしよう、あんなこと言っておいていい案が浮かばないや」
「ううん。小夜ちゃんは間違ってないよ」
どうにか雅弓が水の膜を張ろうとするが両の手を覆うが精一杯。
「万事休す、ですわね」
そんな空たち三人の元へ朝東風にも似た涼やかで優しい風が吹く。
「空、雅弓、小夜。いるか!」
幻中先生の声が響く。
雅弓が力を振り絞り短刀を生成し壁に打ち付けた。
「忍谷こっちだ!」
暴風が吹いたかと思えば先ほどまでの火の手が嘘のように鎮火してゆく。
その中を幻中先生と忍谷が駆ける。
「要救助者一名」と安堵の表情みせながら空が言う。
「いいや四名だ――よく頑張ったな」
幻中先生は四人を翼で包み抱きしめた。
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