第22話

風が行く。進む先は応接室。

ドアノブを握りしめゆっくりと回し開ける。

「あの子供のことについて話があると聞いて来てみれば外は騒がしいわ、一体どうなってるんだ鳶よ――」

高年の男性が愚痴っていたかと思えば幻中先生を見て露骨に当惑の表情をみせた。

「危害を加えるつもりはありませんよ」

幻中先生はそういうと少し硬い長椅子に腰かけた。

「どうぞ、座って下さい。内蔵防衛大臣」

腰が悪いのか幻中先生を警戒してるのか及び腰の内蔵がドス、と向かいの長椅子に座った。

「おまえは確か自衛隊にいた幻中だな?おまえがなぜここにいる?鳶の奴はどうした?」

「ああ、すみません。呼びだしたのは鳶ではなく私です。それで私が言うのはなんですがちゃんと送信者名は確認した方がいいですよ。それとも慌てる程あの子供が大事なのか」

幻中先生がそういうと内蔵の貧乏揺すりが激しくなった。

「そうか」と呟く内蔵は左手をわずかに上げる。が、なにも起こらず慌てた様子で扉の方へと視線を向ける。

「あなたの息が掛かった『翼を持つ者』は皆伸びてますよ」

傷一つもなく衣服すら乱してない幻中先生が言う。

内蔵の表情から血の気が引く。

「帰る!」そう怒号を上げる内蔵に対して弦中先生は腕時計をみせた。

『鳶大隊長は内蔵って奴に脅されて――ああ、そうだよ内蔵防衛大臣さ』

腕時計から男がすすり泣きながら自白する声が流れる。

「知らんぞ!」

「まだ、私はなにも言ってませんよ?ちなみにこれ、録音機能付きの腕時計なんです」

幻中先生はそう言うと内蔵に対して座るように再度促す。

「私があなたを呼んだのは話がしたかったからで。単刀直入に聞きます、此度のレッドウィングスの件はあなたが仕掛けた物ですね?」

「仕掛けた?何の話だ?」

「最近の爆発事故のことです。最近と言えばよくあなたのことをお聞きしますよ。金を着服したり横領してるんじゃないか、て」

「そんなこと大衆伝達のでっち上げだ。もういいだろ、俺は忙しいんだ」

内蔵がよろよろと立ち上がる。

「――私は政治や議会に疎いし正直嘘か真かなんてどうでもいい。けれどあなたにとってとても大事なことですよね?同じぐらい聞きますよあなたの立場が危うい、と。それと次に白羽の矢が立ちそうなのはかの姫川の者だとも」

内蔵が凄みを利かせ睨み付けるが当の幻中先生はどこ吹く風といった具合に話を続ける。

「姫川家は邪魔、だが財閥ともなると手が出せない。そこであなたは姫川家の当主が代々『翼を持つ者』であることに目を付けた。それと同時にレッドウィングスの脆さと『翼を持つ者』の微弱さにも」

額に汗を貯め膝か腰でも痺れたか崩れるように内蔵が腰を下ろす。

幻中先生は腕時計をみせ言う。

「あなたは鳶に対して『今』を持ちかけた。今すぐレットウィングスを解体するかあなたの道化となり自作自演の災害を起こすか。私もですけど鳶の奴は頭が固い。碌に相談せず『今』を守ることを決めたんでしょう」

「仮にそれが事実だとして自作自演の災害を起こす徳がない」

「そうですか?私としては横領とかの問題よりも災害に対して迅速的にそれこそまるで予測できていたかのように事を運ぶ防衛大臣として取り扱われる姿の方が好意的にみえたので。実際国民からの信頼――とはいかないでも評判はよくなったのでは?」

元々ギョロっとしていた内蔵の目が泳ぐ。

「――なにが目的だ?金か?」

「金なんて要らないですよ。私の――私たちの目的はあの子供の救助です」

「ならん!」と相も変わらずな怒号を内蔵は幻中先生に叩きつける。

「あのガキにいくら金を掛けたと思っているんだ!あのガキ、燃やすことしかできないバケモノの癖に事あるごとにめそめそ泣きやがって。おかげで何軒か燃やし損ねたわ。バケモノと言えばおまえたちだってそうだ、人様の上を糞に群がる蠅のように飛び回りやがって。いったい誰のおかけで今日までメシを食ってこれたと思っているんだ!」

幻中先生はただ黙って聞いていた。

「燃やすモノを燃やし尽くしたらあのガキには外交の抑止力になってもらう。だからおまえたち蠅共には渡さん。それに今日でレッドウィングスも蠅共のままごと遊びも終わりだ。おまえたちにはそれ相応の処分を下す」

内蔵は息の上がった顔でにぃ、と笑った。

「――言いたいことは以上で?」

風が吹く。塵旋風が激しさを強め纏い竜巻へと変わってゆく。

内蔵が助けを乞い叫びながら部屋を飛んだかと思えば幻中先生が首根っこを掴み上げた。

「誰のおかげ、か。そんなもの決まっている『今』を作った『過去』の人たちだ。慙愧と勇気で私たちは生きている。決しておまえの、おまえたちのおかげではない」

「わ、わかった。金、金をやる、から――」

幻中先生は呆れたといった表情で溜め息を吐くと内蔵を離した。

「最後に一言だけ。この腕時計録音機能付きなんだよ」

『あのガキにいくら金を掛けたと思っているんだ!あのガキ、燃やすことしかできないバケモノの癖に――』

腕時計から流れる自分の声に内蔵はただただ青白い顔をみせるしかなかった。

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