第17話

「――鬼や天狗。私たちって退治される側なんですか?」

幻中先生は面食らった顔をみせた。

「私の家に幼稚園のお遊戯会の映像が残ってるんです。題目は桃太郎、私は申役でした。『僕に一つくれればお伴します』そう言って黍団子を一つ貰って桃太郎についていって『わるい鬼め覚悟しろ!』という桃太郎と一緒に鬼に立ち向かっていくんです。鬼たちは『わるいことはもうしません』と桃太郎に約束してお遊戯会はそこで終わりになって――」

なるほど。と幻中先生が柔らかく言う。

「桃太郎はわかりやすい勧善懲悪だな。鬼は村人に悪事を働く悪、桃太郎はそれを退治する義。

ではどうして鬼は退治されることになったのか、思うにそれはお互いの相互理解ができなかったからだろう。村人は自分たちの体にはない『角』を持つソレをみてバケモノと呼ぶ。呼ばれた側は当然バケモノじゃないと返すだろう、自分たちにとっては『角』が生えているのが普通だから。お互い言い合いを続ければどちらかが痺れを切らす。そのとき有利になるのは数に勝る普通の人間だ。嘘八百を並べても普通じゃないあいつらなら、と胡乱な正義が出来上がる」

そこまで言い切って幻中先生は眉を下げため息を一つ。

「――胡乱な正義も疑義な悪も生まない。そのためのこの場所と私たち、なのだが」

「幻中先生?」

なんでもない。と珍しく幻中先生が取り乱す。

「小夜、私たちはバケモノだ。だが退治される側ではない、それだけは断言できる。さて『私たち』の正体を話したところでおまえたちがみたという火の涙を流す子について私が知ってる限りのことを話そう」


一際強い風が乱雑に風鈴を掻き鳴らし空の髪を乱す。

「回りくどい言い回しをしないのならあの子は『私たち』と同じよ」

「翼を持つ者?」

「いえ――バケモノですわね」

正解。と忍谷が指で乱れ髪を梳いた。

「あの子には翼はない、けどハウリングにあたる力が『私たち』以上。超心理学でいう発火能力を宿してるあの子をヘリオスとニックネームで奴らは呼んでいるわ」

「ヘリオス――確か太陽信仰の神様の名前でしたわよね?」

あの。と空が手を挙げ割って入った。

「ヘリオス、て別にあの子供の名前じゃないですよね?気になっていたのですけどあの子供の名前ってなんていうんですか?」

「あの子に名前はないわ」

「ない、てもしかして、その、捨て子ですか?」

「ええ、調べてみたけど小学校低学年の頃に捨てられてるわね。ただ、それと名前がないのは別、わざと名前で呼んでないの徹底的に伏せられてるわ。いい?この世界のモノにはみんな名前がついてるの。例えば雑草と呼んでいる葉にもドクダミにイヌワラビとそれぞれに名前がある。名前があるということはこの世に存在しているということになるの。存在しないのであれば罪にも問われない、だからレッドウィングスはあの子を名前で呼ばない。優秀な『火起こし器』でいてもらうためにね」

最低。そう雅弓が吐き捨てた。

「総合救助隊を名乗るレッドウィングスが自作自演で災害を起こすだけにとどまらず子供を道具として扱うなんて。それになんですの『存在しないのであれば罪に問われない』て子供の言い訳や屁理屈でしかない。そう思ってる時点で罪を意識してる、そうじゃなくって?」

「雅弓ちゃんの言う通り、あんまりだよ。でも意味もなくこんなことするとは思えない。忍谷さんはレッドウィングスから来たんですよね?知ってるんじゃないですかどうしてレッドウィングスがこんなことになってるのか」

忍谷は風を待ってるのか一点、風鈴をみつめる。

りん。と音を立てたかと思えば幻中先生と小夜が保健室に入ってきた。

「あらかた話したわ。後は任せても?」

「ああ」と幻中先生が返事を返すと小夜を空の隣に座らせ現状について話し出した。

「おまえたちはレッドウィングスが総合救助隊を名乗ってるのは知ってると思うがあそこはそれだけじゃなく就職を斡旋してもいるんだ。救助隊には入りたくない、だが『翼を持つ者』であるが故に就職が決まらない、そういった者たちを繋ぎとめるカラザのような場所、だったのだが」

幻中先生が忍谷をみた。

当の忍谷は机に肘を立て頬を手で押さえている。

「年々雇ってくれる企業が少なくなっているのに対して『翼を持つ者』は年に一人か二人という割合で増えている」

ふと幻中先生は机の上、湯飲みを見た。

「空。あの湯飲みに一滴づつ水を垂らし続けるとどうなる?」

「いつかは溢れます」

「そうだな。その『溢れる』がレッドウィングス内で起こってるんだ。『翼を持つ者』であるが故のいざこざ、相互理解の不足などでレッドウィングスに戻ってくる人もいる。そういう人たちをまとめて養える力はあそこにはないんだ。だが金がなきゃ生活もままならない、飯の食い上げになってしまう」

だから。と先ほどとは打って変わって冷静な口調で雅弓が言う。

「自分たちで災害を起こし出場してるのですわね」

「えっと、八つ当たりということ?」

小夜の問いに雅弓が頭を振る。

「そうではありません。災害が起きるとレッドウィングスに緊急出場の要請が行きそれと同時に防衛省から援助金がでるのです。その援助金をレッドウィングス内で配分してる、そうですか幻中先生」

「――ああ」と幻中先生は口を開く。

部屋の空気が重くなり空たちはうつむいた。

「――事情はわかりました。けど、けどやっぱり間違ってると思います。確かに私たちは肩身が狭いです。でも『翼を持つ者』であることを受け止めて、誇りに思って生きている人もいるんです」

「空さんの言う通りです。今回のレッドウィングスの行為は『翼を持つ者』の品位を下げ懐疑の念を広げるだけですわ」

なら。と忍谷が口を開く。

「あなたたちはどうするの?」

再びの沈黙。風鈴も鳴ることなく部屋に小風が吹き込む。

「話は以上だ。今回は私の判断ミスでおまえたちを巻き込んでしまいすまなかった。だがもうこの件には関わるな」

獲物を睨み付けるな視線に空たちは『はい』と返事をせざる負えなかった。

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