第16話
はぁ。と小夜の声を潤ませながらのため息は悲風に掻き消された。
「――私も行く、て言えなかった」
共同風呂場へ行く渡り廊下の上、小夜は扶壁にもたれかかり突っ伏した。
「小夜」その声が好風に乗り小夜に届く。
「幻中先生――」
小夜は目元を拭った。
「すまなかった」と幻中先生は小夜に対して深々と頭を下げる。
慌てた様子の小夜が詰まらせながら言葉を探す。
「大丈夫ですから」と小夜の言葉を聞いて幻中先生が頭を上げた。
「小夜。辛かったなら辛いと言ってくれ。苦しいなら苦しいと、怖かったなら怖かったと。私を無力な大人にしないでくれ」
小夜はわなわなと体を震わせ握りこぶしを強く握りしめ涙声で言った。
「――怖かったです」
「そうか。本当にすまなかった」
幻中先生は翼を持って小夜を包み込んだ。
その中で小夜は声を震わせ泣いた。
過呼吸気味な小夜をその場に座らせ幻中先生もその場に座り込む。
「あの――」と呼吸を整えながら小夜が聞いた。
「幻中先生が百貨店爆発のさいに出場を一度は許可しなかったのって、その、卒業してないとかルールもそうですけどレッドウィングスが関わっていることを知っていたからですか?」
風が雲を運び月が顔を出す。その月明かりに照らされた幻中先生はなにかを決断したかのような顔持ちになった。
「――関わっているかどうか、あの時は判断がつけないでいた。が、結果としてレッドウィングスがあの百貨店を爆破した」
「どうしてですか?レッドウィングスは総合救助隊なんですよね?それがどうして」
小夜は膝を抱え縮こまった。
「小夜、これから話すことは本来ならば三年生最後の仕上げに話す内容だ。私たちが何者なのかという話だ」
りん。と夏の忘れ物、一つの風鈴が心地いい音を保健室に響かせる。
「話す、と言っておいてあなたたちに聞きたいのだけど『翼を持つ者』が昔なんと言われていたかは知ってるかしら」
「――障害者、ですよね」
「そう、一昔前まで私たちは障害者だった。ではその一つ前は?」
その前?と空が聞き返す。
「奇形児――ですわよね」
答えたのは雅弓だった。
驚いた表情で空が雅弓を見る。
「そのことは姫川のお嬢ちゃんに聞いたのかしら」
「はい、知見の為と過去のことを調べているときに目にして母に聞いたら『そうよ』と」
「奇形児――」
空がぼそりと呟く。
「奇形児と呼ばれていたころは路地裏とかに『私たち』の死体が捨てられていたこともあったそうよ」
「そんな。酷い」
「酷い、そうかしら?愛し、思いを寄せ合って結婚して子供を授かって。そうして生まれてきた子供に翼が生えていてもそう言えるかしら?見た目は人、だけど周りの子とは明らかに違う存在。親からしてみれば我が子が鬼や天狗にみえたんでしょうね」
空が頭を抱えた。
「ただそれでも『我が子』だという人もいてそういった人たちが病院あるいは拝み屋に頼みかけたおかげで『私たち』の存在が世の中に認知されることになったの」
「――奇形児」と小夜が言い自身の手をみつめた。
「気分は悪くないか?」
「あ、はい。悪くはないです、けど不思議な感じで」
そうか。と幻中先生が話を続ける。
「奇形児を経て障害者となった『私たち』だが『普通』の人との壁は想像よりも分厚いものだった。小学校に入学できても卒業できず中学にも行けない、私や忍谷がそれだ。適切な指導者がおらず今『ハウリング』と呼んでいる超人的な力が制御できず他人を傷つけてしまうのが主な原因だった。私たち『障害者』世代は溢れる力が制御できず常に漏れ出してるんだ」
幻中が宙をなぞる。そこに風が生まれた。
その風が小夜の前髪を掻き上げる。
「『ハウリング』だけじゃない『私たち』の体は小学校低学年の時点で中学生並みとなり成長期も来る。そんな体格さもあってちょっとしたじゃれあいも大怪我の原因となる。だから障害者である『私たち』はみていることしかできなかった」
「それが一昔、ほんのちょっと前の『私たち』――」
「そう。そして小夜、おまえたちの『翼を持つ者』の時代が来る」
幻中先生の声が少しだけ明るくなる。少し瞼を閉じたかと思えば頬を緩め微笑んだ。
「年齢で言えば高校二年ぐらいの時だったか。人前では言えないことをしていた私の前にここの初代校長が来て『キミの力を人助けに当てたい』と言い出してな。正直ムカついたよ『障害者』として扱ってきた『普通』のを人たちをなぜ助けなければいけないのかって。そしたらその人は言った『助ける相手に普通もそうじゃないも関係ない。一つの命だ』と」
「一つの命、ですか」
空が忍谷の言葉を復誦する。
「そう。そもそも勘違いしてたの、『普通』の人を助けるためにじゃなくて『人』を助けるために『私たち』の力が必要だとあの人は言ってたの。それから大空女子高の基礎を作って。なにより大変だったのは読み書きね。特に烏丸」
忍谷が思い出し笑いをする。
それで。と雅弓が忍谷に聞く。
「結局のところ『私たち』の正体ってなんなのでしょう?」
「バケモノよ」
「バケモノ、て――」
空が言葉を詰まらせる。
「オーラ、気。人間の内にあるという力を地球上の鳥類の羽として背中に具現させそれを羽ばたかせることで飛翔する。また『力』で出来た羽に再度『力』を注ぐことにより得物を生成する。こんな生物バケモノじゃない」
空と雅弓は黙った。
「私はね温羅や役小角、のちに鬼や天狗とも言われる存在を同類だと考えてるの。鬼の角や天狗の羽、怪力や念力それらは『私たち』の力で説明がつくから。まあ、未だにどういう理屈で『翼を持つ者』が生まれてくるのかわからないんだけど」
どうぞ。と忍谷が空と雅弓に緑茶を手渡した。
緑茶の中、空の顔がぐにゃりと揺らぐ。
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