第15話

「そうかキミは消防の人じゃなくて『翼を持つ者』だったんだね」

「はい。それで今からお二人を退路まで誘導しますので」

空がそう言い男性を背負いこもうとする。

「俺は後でいい。格好つけさせてくれ」

うなずく女性を見て空がわかりました。と返し翼を広げ一階上へ。

すぐさま下降し男性を背負いこみゆっくりと飛び立つ。

「本当に羽が生えてるんだな。あのさ『普通』じゃないことで悩んだことはあるかい?」

「悩み、というより不安の方が大きかったです。けど周りが理解してくれているのでなくなったわけじゃないですけど感じたり考えることは少なくなりました」

「そうか」と男性が言った。

空はそのまま男性を背負いささやくような声を出し反響定位で障害物を確認しながら退路へと歩き出す。

「ですから」と退路付近で雅弓が怒鳴りとも焦りとも言える声で叫んでいる。

空は上がってきていた消防の方に事情を説明し男性を担架に移した。

「ありがとう。俺はもう少しあがいてみるよ」

「本当にありがとうございました。天使さん」

空の頬が緩んだ。

女性と男性の無事を確認した空は急ぎ雅弓の元へ。

「なにがあったの?」

「それが――」

小夜の困惑した目線の先、そこにはレッドウィングスの隊員。翼を持つ者がいた。

「ですから何度もおっしゃっていますがわたくしたちは学校側の緊急出場の要請を受けて――」

「その要請が下りたという話を聞いていないと言ってるんだ。勝手な行動をとられて被害を拡大されては困る」

どちらも一歩も引かないという状態で睨み合っていた。

「あの、このフロアにはまだ負傷者がいます。なので――」

「わかっている!」男性の翼を持つ者は空に向かって怒鳴った。

イラついている男性は自身の羽に手を伸ばす。

それの意味することを知ってる空たちは挙手注目の敬礼をしその場を後にし退路へ向かった。

「まったくなんなんですの!」

イラついてるのは雅弓も一緒だった。

「レッドウィングスへの要請したのって消防の人?」

「それが違うらしいんだよ。あのやりとりだと学校側でもなさそうだし」

「もう行きましょう。わたくしたちは『救助活動の妨げになる存在』みたいですから」

雅弓はスプリンクラーの影響で濡れたであろう翼を広げ飛び立とうとする。

「――待って」

空が呼び止め視線をあちらこちらへと移す。

「どうしたの?まさか再爆発?」

「ううん、違う。子供――の声、と燃える、火?」

視線を真上に向けて空がそう言う。

その時だった外から「火災」と言葉が飛び交った。

「雅弓ちゃん、小夜ちゃん」

空たちはすぐさま退路から飛び立ち一階上を見た。

黒い煙が立ち上り火の粉が舞う。

「小夜さん一階上のフロアは?」

「フードコートみたい」

「一階上の人命検索はまだだったよね?」

「レッドウィングスの方が何名か突入したみたいだけど――」

空たちは顔を見合わせうなずきまだ火の手がまわっていないところから突入を試みる。

小夜の戦斧で外壁を破壊し突入をすると空が炎の向こうへと耳を立てた。

「人は――いない、みたい」

「ではわたくしたちも避難を――」

「待って。泣き声――子供が一人いる。あと大人も、数人」

「その大人の人がレッドウィングスの可能性もあるけど取り残された人の可能性もあるよね?空ちゃんが聞いた限り子供が泣いてるみたいだし」

三人は話し合いの末進むことを決めた。

雅弓が背負っていたアイフェックスで消火しながら声がするという客席部分へと向かう。

え?と声を上げたのは小夜だったが三人同じ顔をしていた。

客席部分の中央。大人が子供の髪を掴み上げ宙吊りにしている。

その光景でさえ異様だというのに子供の頬を伝っているのは涙などではなく火の粉。

頬を伝い落ちる火の粉が火の海を作っていた。

「――なにしてるんですか?」

その声で大人が空たちの方を向くなり一人歩いてくる。

マスクに防火服。ただの大人ではなくレッドウィングスの隊員。

隊員は空の前に立ったかと思えばいきなり蹴りつけてきた。

空は後ろにあった客席ごと倒れ込んだ。

「なにするんですか!それに――」

「救助活動の妨げになる行為に対して我々は武力行為を許可されている」

「それはこちらのセリフですわ!なにが『救助活動』ですの!あなたが方がやっているのは破壊行為でしかない!」

隊員が羽を抜き生成した細身の剣を両剣で受け止めながら雅弓が言う。

「――小夜さん、早くあの子を、救助を!」

「わかった!」と小夜が駆けながら戦斧を生成する。

隊員の腕を切り落とさんという勢いで下から上へと戦斧を振るう。

だが隊員は子供を手放さなかった。というのも小夜の一撃が大型の剣に阻まれたからである。

「なぜ大空女子高の生徒が?」

「たぶんこいつらが緊急出場を受けたという。すみません追い出したと聞いてたのですが」

隊員と隊員の会話中も小夜はどうにか戦斧を動かそうとしたが大剣に押さえつけられてビクともしないでいた。

「幻中の差し金――いや、そんなことは考えてないか。もっと純粋な」

隊員が大剣を持ち上げうっとおしいと言わんばかりに小夜の戦斧を破壊した。

すぐさま距離を取ろうとする小夜の首元に隊員が大剣を突き立てる。

血の気が引いた顔で小夜は両の手を挙げた。

「小夜さん!」

どうにか小夜の方に行きたい雅弓だったが自身の相手で手一杯という状況。

「こいつらどうしますか?見られてしまいましたし」

「――喋らないという約束代わりに片腕を切り落とす。もしそれでも話すようであれば」

小夜が男性の顔を見た。冗談ではなく本気の眼をしていた。

「腕を伸ばせ」

小夜は振るえる腕を言われるままに伸ばした。

大剣が持ち上がる。と同時に空が飛び出し刀で平突きを放つ。

だが男性隊員の鋼鉄のような羽に阻まれ体へは届かなかった。

弾かれた刀を捨て空は小夜を抱きかかえすぐさま後方へと飛び移る。

「小夜ちゃん大丈夫?」

小夜は泣いていた。

「空さん急ぎ退却を!」

雅弓が隊員を蹴っ飛ばし退路へと駆ける。

空もそれに続く、が大剣を持った隊員が退路に舞い降りた。

「片腕ではなく片足の方がいいか。人命救助中に足を負傷、そのまま火災に巻き込まれ死亡。よかったなおまえたちは明日の『英雄』だ」

「それは喜ばしいですわね。ただ称賛の声を聞けない英雄は凡夫でしかなくてよ」

雅弓はアイフェックスを下ろし両剣を生成しなおすと二本の短刀に変え構える。空もそれに倣い刀を生成し構える。

「――小夜ちゃんちょっと待っててね」

マスクから酸素減少の警告音が響く中空と雅弓が仕掛ける。

空と雅弓の猛攻も鋼鉄のような羽には歯が立たなかった。

三人の酸素が少ないのを理解し防御に徹する隊員相手に為す術べがない二人。そんな二人の元へ一羽のカラスが。

そのカラスに続くように黒雲のようなカラスの群れが煙を火の粉を吹き飛ばしながら部屋に流れ込み隊員たちを啄む。

「――薄汚い浮浪烏か」

「ずいぶん懐かしい名で呼んでくれるじゃないか」

「烏丸先生――」

空が安堵の声を漏らす。

「――撤退するわよ」

空と雅弓が振り返るとそこに火よりも赤い瞳があった。

忍谷がシロフクロウの翼を広げるとどこかぼうっとした空と雅弓も翼を広げる。

空と雅弓それから小夜を抱いた忍谷が撤退に成功したのを見て烏丸先生がカラスたちにも退避の指示を出す。

火の粉と羽が舞い散る中火の涙を流す少女はテーブルの上で喘いでいた。

「なるほど、アレが――ヘリオス」

「忍谷から聞いたか。どうする、力づくで連れていくか?」

「んや、もうそういう役は降りた」

烏丸先生は左手に構えたクロスボウから羽に似た黒い矢じりを何発か隊員へ向けて発射する。

何本か刺さった翼を隊員が広げるとそこに烏丸先生はいなくなっていた。

「役を降りることをできもしなければ変わることもできやしない。それが俺たちだ」

隊員は矢じりを片手でへし折り炎の中にくべた。

デパート爆破『事故』として扱われた事件から二日経った昼。爆破の原因は尚も究明中だと消防庁と防衛大臣が発表した。

爆破事故についてはテロではないのか?とコメンテーターが議論を交わしだした所で朝明が番組を変えた。

「――なにがあったか知らないが、そんなしけた面でご飯を食べて欲しくないね。まるで私の飯が不味いみたいじゃないか」

「そんなことないです!おいしいです!」

小夜が大袈裟にご飯をかきこむ。

朝明は溜め息を吐くと割烹着の後ろ紐を結びなおした。

「わからなければ聞けばいい。世の中には突っぱねてくるヤツや気持ちを汲んでくれないヤツもごまんといるが普通科にしろ災害科にしろここにはそんなヤツはいやしないよ」

朝明はそういうと夕食の仕込みをはじめた。

空たちは顔を見合わせる。

「午後の授業の後に忍谷さんのところ行ってみる?」

「ええ、そういたしましょう。小夜さんは無理せず先に部屋で休んでいてくださいな」

小夜は特に何も言わずうつむいている。

午後の授業終了を知らせるチャイムが鳴り空と雅弓が目配せて席を立つ。

「それで空さんはどうですの?」

「どうって?」

「体調のことですわ。わたくしはまだ受け入れ切れてなくて」

雅弓は左手で右腕を掴んだ。

「私はなんだかフワッてしてるっていうか、現実の出来事だったのかなって。翼で空飛んでる私たちが言うのはなんだけど」

空と雅弓は忍谷と空がはじめて会った保健室に向かっていた。

ノックをしドアを開けると「あら」と忍谷は空たちを見て相も変わらずな笑顔を見せる。

「体調はどう――なんて整理がつかないからここに来たのよね」

「はい」と空は忍谷と目線を合わせないように答えた。

「ふふ、大丈夫よ。ほら両目が『青』でしょ?」

忍谷はそう言って空の横を通り過ぎ「ただいま外出中」の掛札を外のドアノブにかけた。

「とりあえず座りなさい」

忍谷に背を押されるように空と雅弓は椅子に腰かけた。

「それで、なにから話しましょうか」

「率直にお聞きしてもいいでしょうか。あの火の涙を流す子は一体何者なんですの?」

忍谷は窓から吹き込む初秋風にしばし体を晒したかと思えば微笑した

「――時つ風ね。そうね、あの子が何者かの前に私たちが何者か、から話しましょうか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る