第14話

「――そうか、無事突入できたか。今烏丸先生がその百貨店のフロアマップを送信している。それと今後の指揮は烏丸先生に移る。空、雅弓、小夜、無理はするな」

以上だ。と幻中先生が端末を切る。

幻中先生は突然対談を持ちかけて来たレッドウィングスの技術科の対応にあたっていた。

「すみません急に」

「いえ。話というのは例の話のことでよいでしょうか?」

「例の話が何の話か存じませんが隊長から話す言伝を預かっておりますので」

「そうですか。失礼、この後も外せない席がありますので少し時間の方を確認しても」

どうぞ。と返され幻中先生は腕時計をみた。

「では、よろしくお願いします」

幻中先生は丁寧に頭を下げた。

技術科との対談がはじまったその頃烏丸先生はキーボード相手に悪戦苦闘していた。

「あ、なんだこれ。送信てどこだよ」

「貸して」

忍谷が烏丸先生を椅子から退け慣れた手つきで百貨店の情報を空たちへと転送した。

「あなたこの程度のことできなくてよく務まるわね」

「うるせぇ、私は全部手書きで書いてカラスで送ってんだよ」

忍谷は緑茶を取りに席を立った。

「おい、なんとか言えよ」

「呆れて何も言えないだけ。それでレッドウイングスの動向は?」

「ああ、出場したみたいだぜ。今駆けつけてる消防隊からは要請は出してねえってよ」

「じゃあどこの誰が要請を出したのかしらね」

忍谷は悪戯に笑う。


「機材よし、退路確保よし」

「雅弓ちゃん?」

空と小夜が機材と退路の確認をしている間雅弓はどこかぼうっ、としていた。

立ちこめる煙の向こうから狼狽、苦悶、希求の『声』がする。

「――行こう。三人で」

空は雅弓の右手を小夜は左手をしっかり握った。

雅弓は深呼吸をし凛とした表情で言う。

「突入人数三名。これより被害の確認及び人命検索を開始!」

腰に下げた懐中電灯をつけ空たちが突入する。

まず非常階段や通常の階段を見に飛んだがどうやらそこを爆破したらしく使い物にならない状態だった。

「このフロアにいる人を退路へ」そう決定づけお互いの声が届く範囲で人命検索に取り掛かる。

「大丈夫ですか!」空が倒れこんでいる従業員の元に駆け寄った。

咳き込んではいるが外傷は見当たらない。その従業員が指を差す。

「あっちに妊婦の方が。すごく咳き込んでいて」

わかりました。と場所を確認次第戻り従業員の方に肩を貸し退路まで連れ歩くと空は急ぎ小夜の元へ。

「要救助者、妊婦一名確認」

「了解」

空は介抱を代わり小夜は指定された場所へと飛び立った。

壁にもたれかかるようにして妊婦の方が咳き込みお腹を押さえている。

失礼します。と小夜は褐色系の羽で女性の方を包み込んだ。

「お母さん頑張ってるぞ。キミも頑張れ」

小夜はお腹をさするように手を動かし歌いはじめる。

百貨店の下には続々と消防と救急、警察が集まってきていた。雅弓は誘導棒を持って手旗信号で合図を送る。

すぐさまするするとはしご車の梯子が伸びてきた。

雅弓が消防隊員に挙手注目の敬礼をする。

「大空女子学校の姫川雅弓及び海埜空、音渕小夜。以上三名人命検索にあたっています。今のところこのフロアでの重傷者は五名。要救助者一名、妊婦の方がいます」

雅弓ははきはきと状況を説明しすぐさま小夜の元へ飛び立つ。

「誰かいませんか!」そう空が叫ぶ。

深呼吸をしたかと思えば階段の方へと飛び立つ。

崩れた階段を降下しながら注意深く辺りを見渡す。

「あの」と声がした。

空の目線の先、そこにいたのは昼少し前に出会った女性

頬や腕、カジュアルな服は汚れてはいるが目立った外傷はない。

「よかった。退路はこっちです」

「待って下さい。かーくんが――」

女性の話によるとかーくん、視覚障害の男性がまだこの近くにいるという。

「わかりました。ですがまずあなたの安全を――」

「私も一緒に探します。迷惑はかけませんから、どうかお願いします」

空は辺りを見渡し耳を立てると女性を座らせベルトに通した大型のポーチから水を取り出し手渡した。

「ここからみえる範囲で気づいたことがあったら教えてください。大丈夫です、必ずみつけだします」

空はそう言うと声掛けしながら瓦礫の撤去を開始する。

「えっと、あなたは『翼を持つ者』なんだよね」

女性が空の背中の翼を見て言った。それをきっかけに空と女性が他愛もない会話を交わす。

落ち着いてきた女性が会話中笑みをこぼしたかと思えば空がみつけた折れた白杖をみて顔に影が差す。

逆に空は好転といわんばかりに慎重かつ手早く瓦礫をどけてゆく。

「252!要救助者発見!」

その言葉を聞いて女性が立ち上がる。

男性は数か所足に痣を作っていたが折れてはいない。

抱きかかえようと空が体に触れると男性はその手を払った。

「――もう放っておいてくれ」

空の手を振り払った手をだらんと太ももの上に落として男性が言った。

「もう死んでいいってことなんだから放っておいてくれ」

「どういうことですか?」

「――かーくんは事故で視力を失ったんです」

女性が答えると男性が顔を上げた。

「――そこにいるのか?」

「うん、いるよ」

女性がそっと男性の手を取り両手で包んだ。

「もう疲れたんだ。閉じた世界を歩いてゆくのを、もう辛いんだよ」

男性の声は酷く震えていた。

「かーくんずっとそんな気持ちだったんだね。気づけなくてごめん」

「キミが謝る必要なんてどこにもない。消防の人早くこの人を連れて行ってくれ」

男性が女性の手を振りほどこうとするが女性は片手で強く握りしめ離さない。

そして空いた片手で男性の頬をそっと撫でたかと思うと唇と唇を重ねた。

空は思わず赤面し目をそらす。

「――かーくん好きだよ。高校の時からずっと、だけど面と向かって言えなくて。ごめんね、私臆病で卑怯だから」

男性は何も言い返せずきょとんとしている。

「ねえ、もう一度絵を描こうよ」

「無理だ。もうなにもみえない」

「私が、私がかーくんの筆になる。かーくんが描きたいもの描きたかったものを描くから。私が描いたところでかーくんが描けない事実は変わらないしかーくんは満たされないかもしれない。でも私は絵と向き合ってるかーくんが好きだから」

女性がそう言い切ると今度は男性が手をゆっくりと伸ばし確かめるように女性の頬に触れた。

「――キミは笑ってるのか、あの時と変わらない笑顔で。もう二度とその笑顔を見れないのが描けないのが悔しいよ」

男性は体を起こし伸ばした手を伝い唇を重ねた。

「俺もキミが好きだった。でも事故に遭って閉じてゆく世界でどうでもよくなっていって。臆病で卑怯なのは俺の方だ」

「かーくん――行こう」

男性が立ち上がろうとするところで空が我に返り慌てて駆け寄る。

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