第12話
夕飯時、空はどこか上の空だった。
「空ちゃんどうかしたの?やっぱりまだ痛む?」
「ううん、その逆。もうすっかり良くなって」
「では、なにがそんなに気になるんですの?」
「忍谷、ていう人のこと。雅弓ちゃんも小夜ちゃんも聞いたことないんでしょ?」
ええ。と雅弓が返す。
「普通科の先生の中にもそのような方はいらっしゃらないですわ」
「新しい先生なんじゃないかな?」
「それなら連絡なりあるはず」
三人揃って上の空に。
「――まさかだけど不法侵入者、だったり」
「ありえません。この学校のまわりには朝夜問わずカラスたちが飛び回ってるんですのよ。なにかあれば烏丸先生が動くはず」
「私個人の意見だけど怪しい人、ではなかったかな。不思議な人ではあったけど」
空は軟膏の入ったケースをいじくりながら言った。
小夜が顎に指を置いてぶつくさ呟く。
ハッ。と目を見開いたかと思うとデザートスプーンを雅弓へと向けた。
「わかった。烏丸先生の知り合いだよ!」
「お粗末な推理だこと」と雅弓が自前のカトラリーを片付けながら言った。
二人のやりとりに空が笑みをこぼす。
夕食後のこと「答え合わせをしよう」という建前の元もしも不法侵入者だったということも考え空たちは寮から離れた旧寮の方へと向かっていた。
旧寮は今の寮と比べると有り合わせの資材で取り繕ったような外観をしている。
というのも大空女子高開設にあたり全額が災害仮想ルームにつぎ込まれたからで旧寮の前身は掘っ立て小屋だった。
ガタが来て外され蔦が絡まった玄関のドアを横目に旧寮の中へ。
入ってすぐカラスたちが纏められたごみを漁るでもなくたむろしていた。
カラスたちがジッと空たちを睨んだかと思うとすぐに知らん顔をし羽繕いをはじめる。
「通っていい、みたいだね」
旧寮は災害科の職員室も兼ねていて一階がそれにあたる。
「失礼します」空がノックしドアを開けると烏丸先生と忍谷と名乗った女性がいた。
「おまえたちか、どした?」
「あ、えっと――」
「ふふ、空の傷だいぶ癒えたみたいね」
え?と空が忍谷の方を見る。
「あ、えっと忍谷さん軟膏ありがとうございました。ただ、私名乗りましたっけ?」
「烏丸から聞いたの」
忍谷に指差された烏丸先生が横目で睨んだ。
「あの、二人はお知り合いなんですか?」
小夜が前にでるなり聞いた。
「ええ『腐れ縁』てヤツなのかしらね」
「早く腐り落ちねえかなとは思ってるよ」
どこか息の合った二人の会話を聞いてほら。と小夜が雅弓の方を見た。
「ほら、もなにもあなたのは推理でもなんでもないでしょうに。烏丸先生、忍谷さんお騒がせしました。わたくしたちはこれでお先に休ませていただきますわ」
丁寧にお辞儀をする雅弓をみて忍谷は息を漏らした。
「あら、あなたもしかして姫川のお嬢ちゃんの娘さん?」
「ええ、そうですけど。母とはお知り合いで?」
そうよ。と返す忍谷が雅弓と目線の高さを合わせる。と、空がその間に割って入ってきた。
「空さんどうかなさいまして?」
「あ、えっと。すみません」
空がそそくさと横にずれる。そんな空を見て忍谷は「大丈夫よ」と悪戯に笑う。
「もしかしてこいつが不審者だと思ってここに来たのか?まあ不審者で間違ってはねえけど」
「酷い言われようね」
「事実だろ」と烏丸先生が頭を掻く。
あの。と小夜が手を挙げる。
「忍谷さんもどこかの災害科の先生なんですか?」
「いいえ。私の仕事は開発や研究が主でレッドウィングスから来たのよ」
空たちの忍谷を見る目が変わる。
「大変失礼しました。御客人だとは知らずに」
「いいのよ。別に大層なことはしてきてないのだから、変に畏まれるほうが癪だわ」
「それで忍谷先生――」
先生はやめて。と忍谷が小夜の話を制する。
「忍谷、さんはどうしてこの学園に来たんですか?」
「講義のためだ」
質問には烏丸先生が答えた。
空たちが帰った後忍谷は深く溜め息を吐いた。
「誰かさんのおかげで講義の準備をしなくちゃいけなくなったわ。それにしてもあなたが助け舟をだすなんて」
「――これ以上厄介ごとはごめんなだけだ」
烏丸先生が深く腰に掛け水を一口というところで職員室脇、吹き抜けの煙突のようになっている場所から幻中先生が入ってきた。
「おかえりなさい」
「で、どうだった?」
烏丸先生たち二人の質問に幻中先生が首を振る。
「だってよ」
「あら、おかしな話もあるものね。こっちにはデータも動画もあるのに」
忍谷がクスクスと笑う。
「話を切り出しても『知らぬ存ぜぬ』の一点張りだった」
「忍谷、もうおまえが行って来いよ。まどろっこしい」
「あらそれじゃあ何も変わりはしないわ。それにどうしようもないからここに来たのだし」
ふう。と幻中が椅子に腰かけると烏丸先生をみた。
「――アエロ―。空たちが来てたのか」
「ええ。あなたの教え子面白い子たちばかりね。あなたの言う空という子、一度私の瞳を見たからなんでしょうけど友達の前に無意識に飛び出してきたのよ」
「本能的に危機感を感じることに関しては私も高く評価してる。だがまだそれに対してどう動けばいいのか分かっていない」
まだまだ雛鳥だ。と幻中先生は軽く目を閉じた。
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