第10話

午前中基礎学力のテストを終えた空たちは災害仮想ルームに集まった。

幻中先生だけではなく別のクラスの烏丸先生もいる。

「整列。よし、休め。今日は最悪な事態を想定しての研修となる。休み中の気分が抜けない者は今のうちに気持ちを入れ替えておけ、怪我をするぞ」

幻中先生の言葉で部屋の中が緊張に満ちる。

「烏丸先生からはなにか」

「それじゃ一言。怪我だけはしないように命を守るということは自分の命も守るということだからな」

はいっ。と二人の先生に返事を返す。

「では最初のチームは――アエロ―準備しろ」

空は顎を引いた。

災害はなにも自然的に起こりうるものだけではない。人為的にも起こりうるし連鎖的に起こる二次災害と数えれば切りがない。

空たち三人は深く深呼吸をした。

「――準備できました」

「よし。では、はじめる」

災害仮想ルームの風景がみるみる変わる。

「工業地帯、ですわね」

三人が辺りを見渡す。空は快晴、特段変わったことはない。

とりあえずと空たちは注意深く歩みだす。

「二人とも伏せて!」

声を荒げた空に倣い雅弓と小夜も頭を守りながら地に伏せる。

爆音を響かせ工場の一角が爆発した。

煙が立ち上り火の手が上がる。アラートが激しく鳴り響く。

「空ちゃん、雅弓ちゃんこれ」

小夜は研修前に渡されたアタッシュケースからマスクを取り出し二人に手渡した。

「お二人とも出場しますわ。着装!」

「着装、よし!」とすぐさま空たちは飛びあがり現場へ急ぐ。

「ちょっと待って二人とも」

「空さんどうなさいましたの?」

「なんか変なんだ」

「変?」と小夜が聞き返した直後上空へ何かが飛んできた。

それは銃弾だった。銃弾が空たちへと放たれる。

「散開して物陰へ!」

雅弓の合図でそれぞれが物陰に隠れる。

「もしかして――」

「今回の災害って――」

「――テロによる二次災害ですの」

隠れた三人の誰に的を絞るか地上で烏丸先生が目を光らせる。

「雅弓ちゃん小夜ちゃん聞こえる?」

聞こえていると無線機から返ってくる。

「雅弓ちゃんここからの指揮をお願いしたいんだけど」

「わかりました。ではわたくしと小夜さんで被害の確認及び人命検索を。空さんは烏丸先生、いえ、テロリストの注意を引いてくださいまし」

「わかった。それじゃあ――」

「お待ちを。お相手が一人とは限らない、なのでご無理はなさらないように」

うん。と空は無線を切った。


「さてとどうすっかな。いつもならならハウリングでちょちょいと出来るんだが、今の私は烏丸じゃなくてテロリスト烏丸だからなぁ。というか模擬弾とは言え生徒相手に銃を向けるのは気が引けるぜ」

烏丸先生は幻中先生に手渡されたM3サブマシンガンをみて呟いた。

「――お、どうやら作戦は決まったらしいな。海埜が囮か」

烏丸先生の頭上を空が煽るように飛び回る。

「なんだい、この、チクショー。いや、こんなこと言わないか。なあ、幻中先生立場変わったほうがよかったんじゃないか?こういうの得意だろ」

愚痴をこぼしながら烏丸先生がM3マシンガンを空に向け引き金を引く。

銃弾を必死に躱しながら空はゆっくりと火災現場から遠ざかるように後退しはじめた。

空の意図に気が付いた烏丸先生が銃撃を止め火災現場の方へと走り出す。

その背を一定の距離を保ちながら空が追いかけここぞとばかりに羽根を刀に変え一気に距離を詰める。

「救助活動の妨げなる行為に対して我々は武力行為を許可されている。直ちにこの場から撤収せよ!」

空が切っ先を向け見栄を切る。それに対して烏丸先生は空に銃口を向けた。

だがすでに空の間合い。一閃の元にM3マシンガンを切り裂く。

「お、やるね」

思わず口に出てしまったのだろう右手で口をふさぎながら器用に左手でベルトに差し込んでいた大型のナイフ、コンバットナイフを抜いた。

仕切り直しと烏丸先生が構えた。かと思えばトランシーバーのような物を取り出しスイッチを入れる。

「――駄目!」

空の制止もむなしく雅弓と小夜が向かった先で再び爆発が起こる。

「隙あり――」

空の間合いであるということは烏丸先生の間合いでもある。一瞬動揺をみせた空へと烏丸先生が仕掛ける。

後ろへ飛び退こうとするがそうはさせじと烏丸先生が空の右足を思いっきり踏んづけた。

空は迫る烏丸先生の右手を掴みナイフを払おうとする。が不意を突くように放たれた左拳のフックパンチを防げずマスクが吹き飛び刀を落とす。

口の中を切ったのだろう。よろけながら空が血反吐を吐き捨てる。

追撃と烏丸先生が踏んづけていた足をどけ空のこめかみ辺りにハイキックを放つ。

蹴りは外れたもの空は尻もちをついた。

烏丸先生がナイフを構えにじり寄って来たかと思えば真横に飛び退いた。飛び退いたその場所に翡翠色の刃を持つ両剣が突き刺さった。

「あっぶねぇ」

冷汗をかきながら烏丸先生が背を向けていた方を見た。

「容赦は致しませんわよ」

新たに羽を抜き両剣を構える雅弓がそこにいた。

いざ。と雅弓が鮮やかな翼をはためかせ切り込む。

両刃を軽やかに振るい攻め立てる。だが烏丸先生はナイフ一本でそれをいなす。

烏丸先生を遠ざけ雅弓が空をみた。

「空さん、大丈夫ですの?」

「うん、私は大丈夫。被害の方は?」

「人命検索終了。軽傷五名、重症二名。ただいま小夜さんが当たってますわ」

雅弓は言い切ると両剣を中央で折り二振りの短刀にし構える。

空も改めて羽を抜き刀を構えた。

「空さん」

雅弓がチラリと空の方を見て目配せした。

空は深呼吸をするようにゆっくりとうなずき後ろへと後退をはじめたかと思うと背を向け走り出した。

「作戦があるのは丸わかり。でも今の私はテロリスト烏丸、ただいま絶賛鶏冠にきている、と」

烏丸先生が走り出す。

空と雅弓は低空で飛びながら工場地帯の狭い道へと入っていく。

そこへ烏丸先生も飛び込んでゆくが二人の姿が見当たらない。

ふと頭上を見上げるとそこには二人ではなく小夜がいた。

「うぉりゃ」

小夜の思いの丈を乗せた戦斧が連結していたパイプを破壊し烏丸先生の頭上へと降り注ぐ。

そこまでというようにアナウンスが鳴り響いた。

一息つく暇もなく空たちは発泡スチロールに埋もれた烏丸先生の元へと急ぐ。

大丈夫ですか。の声にこたえるように黒く艶やかな翼が発泡スチロールを撥ね除け烏丸先生が頭を掻いた。

「ああ、死ぬかと思った」

「申し訳ありません。その、やりすぎましたわ」

「気にするな」幻中先生がそういって空たちの方へと向かってくる。

空たちは一列に整列するとしゃんと背を伸ばした。

「休め。まずおまえたちの目的はあくまでも人命救助だ。戦闘でも身柄の確保でもない、そこは間違えるな。その点を踏まえると空、おまえは再爆発後に相手と距離を取りすぐさま雅弓たちへ連絡し無事を確認次第合流、負傷者を守る形でその場から避難するべきだった」

だが。と幻中先生の表情が柔らかくなった。

「雅弓、小夜。短い時間の中で迅速果敢な被害の確認及び人命検索は申し分なかった。空の囮役も途中はどうであれわるくなかった。そして大きな怪我もなく三人無事で帰って来た、よく頑張った」

幻中先生が空たち一人ひとりの頭を撫でた。

「これにてチームアエロ―の午後の研修を修了する。寮に戻って休むように」

空たちは再びしゃんと背を伸ばし挙手注目の敬礼を返す。

災害仮想ルームを後にしようとしたときちょいちょい、と空は烏丸先生に声を掛けられた。

「海埜わりぃ、痛かっただろう」

「あ、ふぁい。ふぁいほうふれす」

「うん、大丈夫じゃないな。保健室で診てもらってくれ、としか言いようがねぇな。本当にごめんな」

空は大袈裟に唾を飲み込んで「ふぁいほうふですふぁら」とその場を後にした。

「なあ幻中先生よ、まだ相手役私がやるのか?」

「あたりまえだ。生徒を殴れるわけがないだろ」

「幻中のそういうところ。たく、ほんと仕方ねえな」

烏丸先生はそっと漆黒の羽を撫でた。

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