第8話

「あ、いた!」

空が聞き知った声の方を向くと一般のライブガードの方と博美たちがいた。

慌てて空が駆け出す。

「え?バーベキューは夕飯になったの?」

「うん。昼は海の家でちゃっちゃと済ませちゃおう、て」

「ごめん。私のせいで」

「はいはい、一名様ご案内」

博美が手を引き咲たちが後ろから丸まっている空を押す。

一連の騒動のおかげでお昼を過ぎ海の家はだいぶ捌けていた。

一通り注文し終えたところで博美がコホンとわざとらしく咳き込む。

「海埜空!」

空は反射的に背筋を伸ばした。

「あなたはこのたび、えーと人助けに貢献したとして表彰します」

なんか違うぞ。と咲たちが野次を飛ばしながら端末やカメラで二人を撮る。

「るさいぞ外野。ともかくだ、これ受け取って」

「これ――」

博美が空に手渡したのは白と赤と青で織られ貝殻をアクセントに使ったミサンガ。

「織ったのは咲で貝殻は私たちが拾ってきた」

「本当にもらっていいの?」

うん。と博美たちがうなずく。

「――私みんなに迷惑ばかりかけてるのに。ありがとう」

「たく、そこは『ありがとう』だけでいいんだよ、前はいらない。私たち迷惑かけられたなんてこれっぽっちも思ってない」

むしろ。と博美がざらつく茣蓙を撫でながら一呼吸おいて言った。

「嬉しく思ってるというかなんというか。ほら、空さ急に大空女子高の災害科に入るって言ったじゃん?本人のことだからとやかく言わなかったけど内心大丈夫かなとは思ってたんだよね。調べたら寮生活らしいし地元から距離あるし。でもこないだの話や今日のことで安心したんだ空は頑張ってるって」

そこまで言うと途端に博美の顔が赤くなった。

「いやあ、暑いね。顔日焼けしちゃったかも」

ヒューヒュー。と咲たちが囃し立てる。

「おまえたちが代表で行けっていうから――」

席を立ち怒鳴る博美に店中からの視線が集まる。

茹蛸のように真っ赤になった博美は机に突っ伏した。

「――もう二度とじゃんけんはやらない」

空はくすりと笑うとバードコールを首元からはずしミサンガを通した。

「ねえ――ねえってば博美。どう?」

博美が顔を擦るように空を見た。

「お、似合ってるじゃん」

「えへへ。大事にするね」

昼食を食べ肌がひりつくほど遊べばもう夕暮れで喧騒としていた浜辺には恋人たちのどこか甘い会話が細波立つ。

空は足元だけを海に晒した。

「あの人は助かったのかな」

有名人なら速報などで発表されるだろうが一般人。知る由もない。

空は祈るようにミサンガに触れる。

ふと目を開けるとちょうど夕日が水平線のかなたへと沈みだす頃だった。

そっと浦風が空の頬をなで音を運ぶ。

「――『来てよかった』。うん、私も来てよかった」

空はそっとミサンガから手を離した。表情に憂いはない。

「おーい黄昏てるところわるいけど帰るよ」

「今行く」

空は砂浜を強く蹴りだした。


「博美これ面白いよ」

そ、そう?とわかりやすく博美が照れる。

残り数日の夏休み。最後の課題読書感想文を再度見てもらおうと空は博美を呼んだのだが博美もちょうどみせたいものがあったらしくお互い交換し合っていた。

『ベイビィバード(仮)』博美が書いてきた小説は空探という空に浮かぶ島々を探索するのが大流行した時代に一人の少女が自作の飛行艇で苦難に立ち向かう冒険ファンタジーだった。

それをひどく空が絶賛している。

「ねえ続きはいつでるの?」

「ちょ、ちょ。圧が強い」

然しものの博美もたじろいた。

「それ仮だから先は考えてないというか」

「えー面白いのに」

「本当に?本当に面白い?」

今度は博美が空に圧をかける。

「う、うん。面白いよ?」

「そっか面白いか。あ、いやさ今までどこか気取って文章を書いてたからさ、思い切って砕けた感じで書いたんだけど不安でさ」

「大丈夫、私が保証する。そういえば私の読書感想文はどう?変じゃない?」

「ああ、そっちも大丈夫。でも空が高得点を狙いに行くなんて思わなかったなぁ」

そんなんじゃないって。と空が博美に紙を返す。

「書き方がわからないというかどうやって書けばいいのかなって」

「あー、わかる。国語の授業とかで扱って欲しいよね文の書き方。いきなし宿題とかで作文を書いてきなさいって言われてもねぇ。でもさ、そう思ったのなら先生に聞けばよかったんじゃね?」

「先生が書き方を調べるのも勉強、て」

「うーむ抜かりなし」

りん。と風鈴が鳴る。

氷が解け切ってしまった麦茶を一気に飲み干しいつかの時のように窓枠から博美が青空を眺めた。

「夏も終わるね」

夏休みか。と博美が修正を入れる。

「冬休みはどうすんの?こっち帰ってくる?」

「冬休みは寮に泊まろうかなって。恒例のクリスマスパーティとかあるみたいだし。あと雅弓ちゃんたちと初詣に行こう、て計画してるから帰るのは三が日ぐらいかな」

「そっか、わかった。あ、秋に文化祭やるんだけど来る?」

「もちろん、飛んでゆくよ。そういえばこっちの文化祭の予定て何日だったかな」

空と博美は端末を取り出しお互いの日程を確認する。

とりあえずは重ならないようだった。

楽しみが増え空と博美の会話がはずむ。

「それじゃ。また」

「うん。また」

どこかしんみりと雰囲気の中たまらず博美が笑い出した。

「今際の際じゃないんだから」

「はは、そうだね。それじゃまた今度」

空が明るい声で言う。

「うん、また今度。未来の救命士さん」

じゃ。と畦道を行く博美へと空は大きく手を振った。

始業式もほどほどに寮の大掃除がはじまった。

「小夜ちゃん!」

「空ちゃん!」

空と小夜は部屋の中で再開を分かち合っていた。

「もう、なにから話そう」

「私も空ちゃんに話したいこと沢山あるんだよ」

でも今は掃除。と二人の表情が真剣になる。

なぜかというと夏休み気分が抜けないでいた生徒が始業式で幻中先生をみて震えあがったからで空と小夜もその一人だった。

ある程度部屋の埃を落とし小さなベランダの窓を開ける。

「あら空さん」

「雅弓ちゃん!」

雅弓がごきげんよう。と手を振る。

「ちゃんと掃除しているようでなによりですわ」

「もう、私たち子供じゃないんだから」

そうだ、そうだ。と小夜も顔を覗かせる。

「――幻中先生が怖い、そんな理由じゃありませんよね?」

空と小夜は目をそらした。

「まったくお二方は変わりませんのね」

雅弓が笑顔でそう言う。

掃除も終わり普通科の生徒が下校をはじめる昼時、空たち三人は食堂に集まった。

「改めて二人ともごきげんよう。お元気そうでなによりですわ」

「そう言う雅弓ちゃんこそ元気そうでよかったよ。小夜ちゃんは――」

「ん?」

空の視線の先。小夜はカツ丼を頬張っていた。

「はーい、おまたせ。とと、小夜ちゃんいい食べっぷりだねぇ」

「えへへ、朝明さんの卵料理美味しくて。また食べれるのを楽しみにしてました」

「こいつは嬉しいこと言ってくれる。ほれ、オマケの温泉卵」

やったー。と小夜が目を輝かせる。

「小夜さんも特段変わりなさそうで」

それで。と雅弓が紅茶を一口含み言った。

「お二方は夏休みどのように過ごしたのかしら。わたくしは笙の稽古に励み翼を持つ者について見聞を広める日々でしたわ。無論ハウリングの研鑽も怠りませんでしてよ。後でお見せいたしますわね」

「私は実家の食堂の手伝いとお祭りの手伝い。あと妹と映画見たり音楽鑑賞したり屋台巡りしてた。空ちゃんは?」

「私は――」と空は夏休み中のことを話した。

「はぁ。まったく空さんは。いくら翼を持つ者の力が一任されているからといって学園の外での使用は控えるべきですわ。力の使い方を誤れば責任が生じてくる。その責任をわたくしたちではまだ背負え切れない。そうではなくて?」

雅弓はそこまで言い切って一息ついた。

「ただ、空さんの判断もわるくはなかったと思います。わたくしたちの力は『誰かのため』にあるのですから」

「雅弓ちゃん――うん、そうだね」

食堂に昼休み終了五分前を知らせるチャイムが鳴った。

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