第7話
「――なるほど。わかりました」
空が駆け出した先。大学生ぐらいの三人組がライフガードの人と話をしている。
その話し声は空の耳にも入ってきていた。
話を聞き終わったライフガードの人が首から下げているバードコールに振れ翼を生やし飛び立とうとしたところへ息も切れ切れな空が駆け寄る。
「どうしました?」
ライフガードの人が無線機を構える。
空はそれを制してサーフパンツから大空女子高の手帳を取り出しみせた。
「流された方がいると聞いて。余計なお世話かもしれないですけど私も力になりたいです」
空がちらりと三人組の方を向いた。一人の女性が割れんばかりに泣いている。
「キミの翼は海鳥かい?」
「はい」と空はしゃんとし答えた。
「――よしわかった。ついてきて」
ライフガードの白い翼を追って空も飛び立った。
「性別は男性。年齢は二十二歳、紺色のスイムパンツ着用。いないことに気が付いたのは今から約二分前」
それで。とライフガードの人が海面を指さす。
「習ってると思うけど離岸流がこの流れで発生している。だから私はこの先の方を見に行く。キミ――海埜さんはここから左右を頼むよ」
了解しましたと空が旋回する。
潮風を切りながら目を凝らし探すがそれらしき人物は見つからない。
再度旋回し呼びかけながら探すもやはり見つからなかった。
「諦めない。だから、どうか諦めないで下さい」
空は急上昇し気流に乗り身を安定させると静かに目を閉じ音を収集しだした。
浜辺の楽しそうな声。恋人たちの嬉しそうな声。そして洟を啜る涙声。
「――この不自然な音」
空は一点に向かって急降下し海面すれすれを飛行する。
「いた!」
海面を漂っている男性を発見した空は抱きかかえると全速力で風を切る。
男性は浜で待機していた救急車に運び込まれた。男性は心肺停止という極めて危険な状態であるという。
件の女性は男性の彼女だったらしく空に何度もお辞儀を繰り返した。
「ありがとう。助かったよ」
ライフガードの方が海の方を向いたまま空に言った。
「幻中先生に教わってるんだって?さすがの行動力だね」
「そんな、私は無鉄砲なだけで。今だって自分の感情で首を突っ込んで、本当にすみませんでした」
空が頭を下げた。ライフガードの方はそんなパサついた空の髪をわしゃわしゃと揉んだ。
「もっと自分に自信を持って。なにも海埜さんが大空女子高生徒だからだとか海鳥の羽を宿してるからとかそういう理由で動向を許可したんじゃない。海埜さんから『誰かを助けたい』という気持ちが伝わってきたからお願いしたの」
ライフガードの方のまっすぐな視線が空の瞳を捉える。
空の頭を軽くなでるとライフガードの方は再び浜へ海へと向けられた。
「あの、海に思入れがあるんですか?」
「ん?んーあるよ」
ライフガードの方はそういうとくるりと向き直り海から離れた高台を指さした。
「あの高台にさボロっちい石碑があるんだ『津波が来たらここまで避難せよ』要約するとそんな内容の石碑。んで私が生まれる前お母さんが高校、あれ大学だったかな?まあそのぐらいの歳の時地震が起きて揺れはそんなでもなかったらしんだけど津波が起きてお母さんはまっすぐにそこへ向かったんだって。なにかにつけてはおばあちゃんにそこに逃げなさいって言われてたらしくてさ。んでお母さんは無事助かった。だけど――」
ライフガードの方が決意した表情で町をみた。
「町はお母さんの妹さんは呑まれていった」
空はばつが悪そうな顔をした。
「私はね海が好きなんだ。だから私が翼を持つ者だってわかったときは嬉しかった、この力でみんなを守れるって。私はここへ来た人が『来てよかった』そう言ってくれる為ならこの翼でどこまでも飛んでゆくつもり。海埜さんもそうなんじゃない?」
「そう、なんでしょうか」
「うん、きっとそう。ただ海埜さんは感情で動いてるから心のどこかで怖がってるんだと思う。あくまで私の勘だけど『助けられなかったらどうしよう』とかね」
空はうつむいた。その背をライフガードの方が叩いた。
「そんなの気にすることないよ。守ると助けると決めたらそのことだけを考えればいい。全力で動けばいい。それでも手の平からこぼれ落ちたなら――」
「忘れないこと。守ろうとしたものを忘れないこと」
ライフガードの方がハッとしたかと思うと今一度空の背を大きく叩いた。
「わかってるじゃん。さすが幻中先生の教え子。それに私たちは一人じゃないでしょ?」
ライフガードの方がそういうと太陽が陰りだす。
また雲でもでてきたかと上を見上げるとライフガードの方と同じ衣装の人が急降下してきた。
「ごめん、溺水だって?」
「あーそっちは大丈夫。それよりパトロールお疲れ」
「遊泳禁止のところにいたヤツを追い出していたら――いえ、ただの言い訳ね」
それで。ともう一人の翼を持つ者でライフガードの人が空を見た。
空の挨拶より早くライフガードの方が動く。
「この子大空女子高の生徒で海埜さん。この子が探すのを手伝ってくれて溺水してる人を助けてくれたんだ。将来有望でしょ」
「お礼は言う。けどあなた卒業生じゃないでしょ。危険な行為をしたという自覚は?」
「あります」と空がしゃんと答えるとそれ以上はなにも言ってこなくなった。
「ま、なにはともあれだ。海埜さんありがとう。海、楽しんでいってね」
はい。と空の顔に自然と笑みがこぼれる。
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