第6話
海へと行く日。前日は夏の嵐ともいえるほどの激しい夕立が降ったが今日は雲一つない快晴で絶好の海日和になった。
博美に連れられ中学三年間同じクラスだった咲たちが空の家に集まる。
後ろの田園風景には似合わないどこか垢抜けた同級生が「ひさしぶり」と会話をはずませてゆく。
それは車内でも続いてこないだの博美のように空の話をみんな夢中で聞いていた。
小刻みに揺れながら塗装されていない近道の山道を走行していると一台の車が立ち往生していた。
「ぬかるみにでもハマったか?」
博美の父はそういうがそうではなく後輪部分の地盤が緩み崩れ脱輪していた。
「すみません止めてもらえますか?」
空は後部座席から身を乗り出し頼み込んだ。
車が止まると荷室から大空女子高のアタッシュケースを持って脱輪してる車へと急ぐ。
レッカーを呼ぼうにも電波が入らないと途方に暮れていた男性に空は事情を説明した。
「お願いするよ」とどこか弱気になっている男性を車から離して空はアタッシュケースから車載ジャッキを取り出し車を浮かそうとする。
だが昨日降った雨で地盤が緩くあと少しいうところまで浮かない。
そこで空はバードコールに触れ翼を生やし車体を持ち上げることにした。
「私が持ち上げるのでゆっくりアクセルを踏んでもらってもいいですか?」
「わ、わかった」
男性は何度か空の翼を見ながら運転席に駆け込んだ。
「持ち上げます――」
ゆっくりと車体が持ち上がり車が前進する。
「下ろします。そのままゆっくりと進んでください」
車が無事山道へと戻ると男性が下りてきて何度も空に頭を下げた。
「ヒュー。かっこよかったよ」
車内に戻るや否や博美が茶化した。
「みんなごめんね車止めちゃって」
「もう無視しないでよ。本当にかっこよかったんだから」
はいはい。と少しうれしそうに空が流す。
車内では改めて大空女子高の話になった。
午前中は博美たちと変わらない授業を受けていること。災害科から普通科へ編入する子もいること。
「あーさっきのも見て思ったけどやっぱ大変なんだ」
「大変なのもあるかもしれないけどとりあえず翼を持つ者だからていう理由の子も多いんだよ。翼を持つ者の力を理解してから改めて道を決める感じかな」
へえ。と声が上がる。
「力と言えば中学の掃除ロッカー。覚えてる?」
あー、はいはい。と咲たちがうなずく。
「空、何回ドア壊したっけ」
「中学の時は翼を持つ者の自覚はあったけど他人より数倍も力があるなんて思わなかったし制御もうまくできなかったんだから仕方ないじゃん」
「あともう一つ男子を腕相撲で全員屈服させてクラスの女王になった話し」
あった、あった。と少々高揚している咲たちが囃し立てる。
「ちょっと待った。確かに男子全員に腕相撲では勝った。だけど女王にはなってないからね?」
その後も与太話と恋バナで盛り上がりお祭り騒ぎの喧騒を乗せ車は走った。
「海だー!」
博美が大きく伸びをする横で空も大きく深呼吸しさざ波に耳を傾けた。
定番のビーチバレーをやって軽く海を泳ぎ空がかき氷で頭を痛めてるときに博美の父が西瓜を持ってきてくれた。
他の客へ迷惑にならないように場所を移し西瓜割りをすることに。
「最初はグー。じゃんけん――」
じゃんけんの結果空が割ることに。
目隠しをしその場で何回転かし棒を構える。
「まえ!まえ!」と声がしたかと思うと「ちょい左!」ときて「いきすぎ。右に半歩」と声が飛ぶ。
聞こえる音はそれだけではなかった。海鳥の声、砕波の音。潮風。細かな音が視界を奪われた空へと集結する。
おぼつかない足取りで少し前にでては止まり歩き出す。
「もっとまえだって!」博美たちの声が大きくなり焦ったのか空が大きく前にでてよろける。
棒を支えに転ぶのを避け空は大きく深呼吸をした。
「あ、そうか――」
空は静かに構え直したかと思えば迷わず歩を進めた。
「そこ!」
博美の声を受けまっすぐ――ではなく右斜め前を打つ。
空が目隠しをとると西瓜は物の見事に割れていた。
「やった。私できたよ!」
無邪気に空が博美に抱き着いた。
「おぅふ。え?どしたん。そんなに西瓜割り好きだったん?」
そうじゃなくて。と高揚している空を博美がどうどう。と落ち着かせる。
「なるほどね」と博美が西瓜のタネを飛ばす。
「その『ハウリング』とかいう技術?の制度が上がった感じがすると」
「うん。今までは聞こえる音全部を拾ってたしそうするしかできないと思ってたんだ。でもさっきの西瓜割りの時気づいたんだ。一つの音に語りかけるようにするとその音が帰ってくることに」
山彦的な?と博美が手についた西瓜の汁を拭いながら言った。
「それに近いかな?直前の音が響いてくるというか、うーん」
「ま、その感覚は空にしかわからないとしても技量が上がってよかったじゃん」
笑顔でそういう博美に対して空も笑顔でありがとうと答えた。
「あ、で質問。なんで西瓜の位置がわかったわけ?まさか西瓜が喋ったとか言わないよね」
「実はそうなんだ。西瓜が『コッチダヨ。タベテ』て――言うのは冗談だとしてそれは反響定位でね。でもなんとなくしかわからないから掛け声と合致するところを叩いたんだ」
「なるほどね。あ、咲たちから連絡来た『こっちの準備はできてるよ』と」
博美が返信を打つ。
咲たちは後で食べると博美の父と共にバーベキューの材料を海の家へと買いに出ていた。
空と博美がコンロの火を調整しているとにわかに雲が出てきて日が陰る。
幸い昨日のような夕立になるようなことはなさそうだった。
「ちょっと涼しくていい感じ。昼飯中はこれで頼みたいわ」
博美が空を拝んだ。
「あはは、そうだね――」
空の前で質が悪かったのか炭がパチリと弾けた。
「うぉ、あぶな。空、大丈夫?」
呼びかけても返事がない空に対して博美が顔を覗き込み目の前で手を振る。
「おーい。空さんやーい」
「博美、ごめん。ちょっと行ってくる」
「え?行くってどこへ。ちょっと――」
泣き声がするの。と空は博美にトングを押し付け砂浜を駆け出した。
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