第5話
学園からほど近い町へと出ると仲間かと思われたのか空のまわりに烏たちが群がっては離れてゆく。
ふと空が見下ろした先、宅配の新入社員だろうか指導を受けているのがみてとれた。
どうやらマンションの五階へと重量のありそうな飲料水を届けるようだ。
メモを取っていた新人がおもむろに上着に手を入れたかと思うとバードコールを取り出した。
翼を持つ者だった新人が飲料水を持って飛翔しベテランの配達員が階段を駆け上がってゆく。
そんな光景に見とれて風に流されてしまっていた空は風を探しそれに乗り軌道を戻した。
町を抜けさらに先、ずっと先に行くと田んぼがみえだしいかにもな田園風景が広がりだす。
「帰って来たんだ」
空はヘッドホンを外し目を閉じ植えたばかりであろう稲の苗を撫でる風の音にしばし耳を傾けていた。
そんな空の耳に聞き知った声が響く。
「空ー。お帰りー」
空の母が声を張り手を振る。
「ただいま。今年も美味しいお米が出来そうだね」
「なに?お腹減ってるの?」
「違う違う、そんなんじゃないって、もう」
はいはい。と空の母親が嬉しそうにいう。
「ただいま。私の部屋」
約六畳のあっけらかんとしていた部屋の中で新しめの本棚が目立つ。
「あー、この漫画流行ったな――」
空は漫画を手にごろんと横になる。
蝉の声と風鈴の音を子守歌にいつの間にか眠ってしまったらしい空は母の呼ぶ声で起きた。
「お母さん夕飯にしては早くない?」
「寝惚けてバカ言ってないで早く会いに行きなさい。宇海ちゃん来てるわよ」
空はあわただしく階段を駆け下りると玄関へと直行した。
「博美!久しぶり!」
「あはは、相変わらずそそかっしいな。空は」
宇海博美(うがいひろみ)は笑顔でそう言った。
「こんなに早く会えるなんて思ってなかったよ」
博美を二階に通し麦茶を注ぎながら空が言う。
「私も初日に会いに行こうか迷ったんだけどね。暇なんだ」
「田植えは終わったんだ」
「うん、終わった。て、言っても、私は手伝わなかったけど」
博美が本棚から児童文学を抜き取り座っていた座布団を二つ折りにし寝転がった。
「小説はどう?手応えとかあった?」
「あー、今絶賛スランプ中」
「それで『暇』なんだ」
そうそう。と博美がいう。
「ま、好きこそ物の上手なれ精神でぼちぼちに頑張るよ。それでそっちはどうなの未来の救命士さん」
「私は――私も若干スランプかも?」
「なに、やっぱツライ?」
「そんなネタになりそうだからって目輝かせなくても――」
空は大空女子学校に入学してからのことを博美に話した。
「え?マジで姫川って人お嬢様ってだけじゃなくてお嬢様言葉なの?」
「うん、私も最初はビックリしたけどそれ以上にすごく優しいんだ」
「へえ。小夜っていう人も独特の世界観持ってるみたいだし翼を持つ者たちってみんなそういう人ばかりなの?」
どうだろう?と空が首をかしげる。
満足した様子の博美が再び児童文学を読みはじめたかと思うとぼそりと言葉をこぼした。
「――空、毎日楽しそうだな」
え?となにかお菓子でもと部屋を出ようとした空が振り返る。
「博美は楽しくないの?」
「ん?あれ、もしかして私なにか言った?」
「毎日楽しそうだな、て」
とぼけている様子ではない博美に空は声を落として言う。
博美は「ああ、なんだ、その」と言葉を繰り返して髪を掻きむしった。
「私も楽しくないわけじゃないけどさ『女子高生』ていう枠に収まった楽しさしか感じないわけなんよ。空みたいに寮生活だとか三人一組の授業だとかそういう刺激ていうのかな、そういうのがないんだ」
博美は本を置き胡座を掻いて窓枠一杯に広がる入道雲をみつめてまたぼそりと呟いた。
「――私も空みたいに翼があったらなぁ」
部屋へと吹き込んだ白南風が博美の頬をなでた。
「博美、外出よう!」
一喝するように空がいう。
「え、ちょ。空?もしかして怒ってる?」
いいから。と博美の手を取り無理やりに外に出る。
先ほどまで雲に隠れていた太陽が顔を出し空たちを照り付けた。
手で陽を隠し博美が見上げたそこには延々とした青空。
空はと言うと大空女子学校の校章が入ったアタッシュケースを広げ「よし」と指さし確認をしながら被災者吊り上げベルトを取り出していた。
「なにそれ?」
「骨折してたり抱きかかえられない状態の人を運ぶためのベルトだよ。これを博美に――」
有無を言わせず空が博美にベルトを取り付ける。
「あのー、空さん。まさかと思うけど飛ぶの?」
「そのまさかだよ。まあ、こんな使い方を先生にみられたらヤバいんだけど」
「あーじゃあ残念だな。うん、空の顔色もすごく青ざめてるしやめよう」
空は頭を振り博美に右手を差し出した。博美は諦めのため息を漏らし空の手を取る。
バードコールに触れ暗褐色の羽を青空へと生やし風を読み飛び立つ。
空は風を梯子に上昇と降下を繰り返し空を駆けた。
「どう?博美」
空は自身の下で宙ぶらりんになっている博美に聞いた。
「――すごい。けどさ、もっとこう空中ブランコみたいにできなかったの?」
「あはは、ごめん」
そう謝っておきながら空は一気に急降下しだした。
博美は「きゃあ」だか「うわぁ」と恐怖交じりの悲鳴をあげる。
急降下からの急上昇。風を切り高く高く空はイカロスのように。
「はぁはぁ。ちょ、もう無理」
「本当にごめん。でもこの景色をみせたくてさ」
眼下には田園風景とその先の町が広がり左右を向けば山々の頂がみえる。
冷たい風にさらされながら空と博美はしばらく黙っていた。
くしんゅん。と博美がくしゃみをする。
「そろそろ戻ろうか」
空は旋回し地上を目指した。
ゆっくり、ゆっくりと降下し先に博美の足を地につけベルトを外す。
博美は地面に抱き着くように倒れ込んだかと思うとごろんと仰向けになった。
「はぁ、地面が恋しくなる時がくるなんて」
ねえ。と博美は体を起こし一息ついて羽を休めている空に言った。
「さっきはごめん、空みたいに、なんて」
「ううん、気にしてないよ。昔はこの翼で悩んだけど今は自慢の翼だから」
空が撫でていた翼が静かに背中へと消えてゆく。
「それで青い景色はどうだった?」
「――うん、最高だった。それでさ空の上から見て気づいたよ『刺激』なんてどこにでも落ちてる、てね。勝手に枠に収まってつまらないなんて言った自分が恥ずかしいよ」
博美が地面にのの字を描く。
「最近失敗続きで気持ちが逃げにまわっていたのかな」
「なんだか博美が詩的だ」
「そりゃ未来の大作家だし?あ、サインなら今のうちだよ?」
遠慮しておく。と空は笑って返した。
日が傾き山が朱色に染まってゆく。
「泊まっていってもいいのに『暇』でしょ?」
「いやいや私のような大作家に暇な時なんてないから――なんて言えるようになるよ。ありがとうね空。さすが救命士、救うのはお手の物だね」
「もう調子いいんだから」
お互いたまらず笑い出す。
それじゃ。と博美が背を向けたかと思うとこちらに向きなおった。
「あ、そうだそうだ。大事なこと忘れてた。今度咲たちと日帰りで海行こうかって話になったんだけど空はどうする?」
「もちろん行くよ。そっかみんな元気そうでよかった」
「了。それじゃあ私の方から咲に伝えておくよ」
じゃ。と畦道を行く博美へと空は手を振った。
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