第3話

「うわぁ、ねえ見て今日の夕飯もおいしそうだよ」

小夜がジェスチャーも加えながら大袈裟にいう。

「うーん、お刺身おいしい」

空と雅弓は小夜のことなど気にも留めず黙々と箸を動かす。

「――ごちそうさまでした」

「あ、雅弓ちゃん一緒にお風呂入らない?」

「お誘いありがとう。ですけどやることがありますので」

では。と雅弓が席を立った直ぐ後に空も席を立つ。

小夜はなにか言いたかったのか息を漏らしたが言葉にはならなかった。

「おいしくないよ――」

小夜はぼそりと呟いた。

食器を片した後空は何とはなしに宿舎の談話スペースへ。

楽しそうな声に雑じって夜風が流れてくる。

空はバルコニーにでると夜空を見上げた。

「夏至夜風憂いを帯びた雛鳥か――」

空が横をみると幻中先生が木材で出来たビーチチェアでくつろいでいた。

「――幻中先生」

「いい夜風だ」

幻中先生が起き上がり伸びをした。

「夕食は食べたか」

「はい、いただきました」

「おかわりは」

「いえ」

もっと食え。と幻中先生は再びビーチチェアにもたれる。

「――手が届きませんでした」

ぼそりとつぶやいた空の言葉が夜風に乗る。

「私にもっと力があれば」

手すりを掴む手に力が入る。

「――その『力』てヤツがあれば助けられたのか?」

幻中先生の問いに空が黙る。

「答えろ。空」

「わかりません――」

ふぅ。と呆れともとれる溜め息を吐き幻中先生が立ち上がる。

「私もおまえも手を伸ばせる範囲には限るがある。手を伸ばせたからといって必ず助けられる保証もない。だから忘れないことだ、どれだけ憤り悔みイラついても命は帰ってこない。私たちにできることは守ろうとしたものを忘れないこと、これしかない」

「忘れない――こと」

幻中先生が空の肩に手を置く。

「さっきおまえは『力があれば』と言ったな。あるぞ、簡単に力を、手をもっと先に伸ばせる方法が。なぜ学園内に寮を設けスリーマンセルを組ませているか考えてみろ」

幻中先生はそういうと欠伸をしながら寮へと戻っていった。


「小夜ちゃんいる?」

「はいぃ、小夜ちゃんです」

空が部屋のドアを勢いよく開け小夜を呼ぶと驚いた声で小夜が返した。

「さっきはごめんね」

「えっ、あっ、うん。どうしたの?」

部屋に流していた音楽を止め小夜は空をみた。

「私、小夜ちゃんや雅弓ちゃんが気にかけてくれていたのにそういうの無下にして。本当にごめん」

「空ちゃん顔上げて」

言われ顔上げた空のおでこに中指を弾いた。

「ふふん、それでゆるーす」

「ありがとうございます小夜様」

二人は顔を見合わせ笑った。

空と小夜は雅弓とも話そうと部屋を訪ねていた。

「姫川のヤツ今日は一度も帰ってきてないぜ。つーか連絡入れればいいだろう」

「それが連絡してもでなくて」

「そうか、わりぃ。つーことはたぶんあそこだな」

空たちは雅弓のルームメイトに言われ学園外れ修練室の室内プールに向かった。

修練室自体は消灯一時間前まで使えるがプールは閉まってるはず。なのだが確かに室内プールに明かりがついている。

そっと覗き込んでみると烏丸(からすま)先生がいた。

「――覗いてるの入ってきな。姫川も上がれ」

はい。と上がってきた雅弓と空たちの視線が合う。

「訳アリみたいだがしっかり体を拭いてからにしろよ」

寝間着に着替えた雅弓のお礼を受け烏丸先生は宿舎に帰っていった。

雅弓が振り返り再び三人の視線が重なる。

「雅弓ちゃん、その、さっきはごめんなさい」

「なんのことですの?空さんの心理がダイナミックソアリングするのは今にはじまったことではないでしょう」

「え?私そんな浮き沈み激しい性格してる?」

空の隣で小夜がうんうん、とうなずく。

「それに謝るのならわたくしの方ですわ」

「どうして?」

「――さきほどの実習で自身の力の至らなさを痛感しましたの。それと同時に不甲斐なさに憤りを覚えて。それでお二方と思わず距離を取るような行動を。本当に姫川家の者として情けない限りですわ」

雅弓の言葉を聞いて空と小夜は顔を見合わせ笑った。

「もう、なんですの?わたくしは真面目な話を――」

「ごめん、ごめん。ただみんな同じこと思ってたんだなって。それでね雅弓ちゃんと小夜ちゃんにお願いがあるの」

『なに?』と二人が声を合わせる。

「二人の力を貸して欲しいの。今の私じゃ一秒でも早くなんてムリだから」

「もちろん。だって私たち三人揃ってチームアエロ―でしょ?」

「その話わたくしからもお願いいたします。わたくしが自身に納得できるようになるまでどうかお二方の力を貸していただきたいですわ」

雅弓が丁寧に頭を下げた。

『消灯一時間前をお知らせします。生徒はすみやかに宿舎に移動してください』

修練室にアナウンスが響く。

「さ、明日も早いですし帰って寝ましょう」

全員が立ち上がった時小夜のお腹が鳴りへたり込む。

そんな小夜の虫の声を聞いた空のお腹もなる。

「まったく。二人してだらしないですわよ」

そういう雅弓のお腹が誰よりも一番大きくなった。

「違いますの!」

「へぇ、なにが違うの?」

「わたくしは運動したからお腹が鳴っただけですの!別にお腹が空いているとかそういうわけでは――」

再び雅弓のお腹が鳴る。

「でも今日は私も食べたりなかった、というかちゃんと食べなかったというか。私が悪いんだけど」

「ねえ今から食堂の朝明(あさあけ)さんのところに行ってみない?私この前夜食におにぎり作ってもらったんだ」

一番へたり込んでいた小夜が勢いよく立ち上がった。

「――普段あれだけ食べてなお夜食もいただいて太らないなんて」

「雅弓ちゃんどうかしたの?」

「いえ、なんでもありませんわ!」

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