第1話 出会い

第一話 悪魔との出会い

 気づけば視界が白く広がっている。

ぼんやりとした意識の中に聞き慣れた機械音が響く。

頭を揺らすように響くこの音を止めようと重たい手を伸ばす。

下ろした手に触れたものが目覚まし時計だといううことに気づき、

1日が始まろうとしている事実にようやく頭が追いついた。

目を開けると、眩しい光がカーテンの隙間から顔を覗かせている。

まだまだ準備不足な気怠い体を起こして今日も朝を迎えた。


 今日もまたあの夢を見てしまった、去年の夏の終わりの記憶。

頭に焼き付いたあの記憶は夢見な自分の無意識を刺激するほどに強烈なようだ。

そんなことを考えているといつもの朝を告げるように聞き慣れた声がかかる。

「おはよう、勇志きゅん。」

語尾にハートでもついているんじゃないだろうか。

「おはよう、梓。」

顔も見ずに声だけ返す。

「だから名前で呼ぶなって言ってるだろ。」

彼は堤梓、可愛らしい名前の幼なじみ。

「お前も毎朝変な声で声かけてくるなよ。」

「いいじゃん毎日こうやって一緒に学校行ける友達がいることに感謝してさ、お互い気持ちよく朝を迎えようぜ。」

梓はそんなことを言いながら手を広げて胸いっぱいに朝日を浴びている。

朝は苦手だ、梓みたいに元気いっぱいとはなかなかいかない。

思わずあくびが出てしまう。

「その様子だと俺のあげた目覚ましは機能してるみたいだな。

去年はいつもギリギリに起きるから遅刻しないかヒヤヒヤしてたもんな。」

「だから待たなくてもいいって言ってるのに。

梓と登校したい人なんて他にもたくさんいるよ。」

梓は美形で高身長、長めの髪を片耳だけ掛けているのが印象的だ。

このように調子もいいので人脈は先輩や後輩、さらには先生まで何かと頼られることも多いので学校では結構有名人なのだ。

そんな彼はそれは違うと言いたげな顔をして

「学校ってのははやっぱり一番仲いい奴と行くのが気持ちいいってモンだろ。」

恥ずかしげもなくそんなことを言える梓とは反対に返す言葉が出てこない。

そんな気恥ずかしさを抱えているうちに校舎についた。

下駄箱を開けると一通の手紙が入っている。

「またそれか、犯人は何がしたいんだろうな。律儀に学年上がってクラス替えしてからも入れてくるあたり何かあるのは確実みたいだな。」

去年からたまに入っている手紙、というか封筒に入った白紙の紙。

最初は誰かのいたずらで飽きたらやめるだろうと思っていたが、初めて入っていたのが去年の秋頃だったことを考えるといたずらにしても何かある気がしてくる。手紙が入っていること以外の危害はないし手がかりもないのでどうしようもない。

「そろそろ犯人探ししてみるか、この犯人より朝早く来れば見つかるだろ。」

梓はこの犯人に興味を持っているようだ。

「いやだよ。今より早く起きるなんて。それに別に悪いことされてるわけでもないしさ。」

「なんだよ、ほんと自分のことになると関心ないな。」

そんなことないさ、朝が苦手なだけだよ。そう言いたいが口にするとまた何か言われそうなのでやめておいた。

席に着くと梓はクラスの皆に囲まれる。

梓と話していると自然と笑いやすくなる、ピリピリとした空気も彼の周りでは笑いに変えられてしまう。

ムードメーカーとは彼のためにある言葉のようだ。

「何見てるの勇志きゅん。」

「お前は空気清浄機みたいだと思っただけだよ。」

言葉選び間違えたかもしれない。

クラスがヒソヒソと騒ぎ始めた。男子は皆が興奮気味に、女子は羨望の目が大半と嫌味っぽいのが少し。

「誰がきたのか見なくてもわかるな。」

周囲の目が一気にドアに注がれる。騒ぎの原因が足をクラスに踏み入れる。とたん淡いピンク色のような華が一面に咲いた、そんな気がした。

整った顔立ちに背筋の伸びた凛とした姿。女性としては高すぎるとも思える身長も、歩くたびに揺れる長い髪と相まって一層美しく見える。

誰もが息を飲み、その一瞬に引き込まれる。

そんな周りの注目など意に介さずに彼女は静かに席についた。

「安心院蓮。確かに綺麗だよな、おまけに頭脳明晰、運動神経抜群。家柄もいいときたら確かに注目の的だよな。」

朝の夢が尾を引いて、秋のあの日が思い出される。

あの日彼女感じたものは特別だった。

「勇志でさえいっつも見てるもんなー、いつもは女子に全然興味ないくせに。」

言われてやっと梓が喋っていたことに気づく。

「ごめん、聞いてなかった。」

「いいよ、ほんと好きなら言ってくれれればいいのによ。」

「そういうんじゃないよ。」

慌てて否定したけれど彼女が自分にとって特別な存在なのは否定できなかった。


授業が終わり俺と梓は職員室へ向かう。

そこにはいつものように小さな少女が僕らを待っていた。

「古関くん、堤くん、いつも本当に先生助かっています。

今日も依頼受けてもらえますか。」

彼女は僕らの担任の伊藤林檎。 142cm。見ため年齢は15歳、実は25歳。あだ名はリンゴちゃん。

「もちろん、伊達に便利屋と呼ばれてませんから。」

僕と梓は放課後の時間を使って便利屋として依頼を受けている。

普段生徒会や教員で対処しきれない仕事を受けているのだ。

依頼といっても部活の代理から生徒の悩み相談、街のお手伝いなど梓の顔の広さを生かした様々なものがある。

「早速ですが今日はこのポスターを貼ってきて欲しいんです。」

三毛猫の写真の載ったポスターが出される。

「迷い猫ですか。」

「一年生の女子生徒なんですが一週間前から帰ってこないようで私に相談してきてくれて、

それなら信頼できる先輩二人がいると受けてしまった次第です。二人ともお願いしますね。」

ハキハキと話す林檎先生。無垢な笑顔はまさしく少女ものにしか見えなかった。


早速、梓は正門側へ、俺は裏門側へと町にでた

ポスターを貼る許可を取りつつ猫の情報を集めて回る。

ポスターは結構な量があるので貼り終わるのには時間がかかる。

最後の一枚を貼り終わる頃には街の外れまで来てしまった。

「よし、そろそろ戻るか。」

そういった矢先、目の間に見覚えのある猫が通った。貼ったばかりのポスターを確認する。

完全に一致した。

ここで見失うわけにはいかず捕まえようと近寄ると猫は走っていってしまう。

必死で追いかけるうち猫は家に入ってしまった。

よくみるとそこは古本屋のようだった。

古くなった木造の民家に文字のはげた看板がかかっている。

何か不気味なモノを感じるが背に腹は変えられない。

「ごめんください。」

妙にホコリ臭い店内が開業しているのか不安にさせる。

「いらっしゃい。」

「ひっっ。」

後ろから突然かすれた不気味な声がして思わず声が出る。振り返ると怪しげな老人がいた。

「あ、その猫を追っていたら入ってしまって。」

老人の胸にはさっきの猫が抱えられていた。

「この猫君のなのかい。」

曲がった背筋の老人はこちらを見上げて聞いてきた。

「いえ、僕の学校の生徒の猫で、探す手伝いをしていたんです。

猫を預けてもらえないでしょうか。」

そういうと老人は残念そうな顔をして

「そうかい、この子は最近よくやってきてこの誰もこない店を賑やかにしてくれていたんだけどねえ。

猫は渡してもいいんじゃが、よければうちの本買ってくれないかい。」

猫を恋しそうに抱える彼の姿が気の毒にみえて買ってもいいと思えた。

「わかりました、本屋さんに来て本を買わないのはもったいないですもんね。」

するとシワだらけの顔をさらにしわくちゃにして嬉しそうに一冊の本を差し出してきた。

「これはわしのおすすめでの、五円でええよ。君に絶対ぴったりじゃから。」


『ドキドキ!あの子もイチコロ!恋の必勝バイブル~思春期の君へ~』


なんだこれ、流石にこれはないだろう。

表紙がピンクだし、センスがわからない。

そんな俺の顔を読み取ったのか老人は残念そうに

「そうかい、これじゃあダメかい。」

となんともかわいそうな顔をするものだから

「いいですよ、それが欲しいです。買わせていただけますか。」

そういううと老人は嬉しそうに顔のシワを寄せて笑った。


梓はもう帰ったと連絡があったので家へ戻る。

遅くなってしまったので猫を連れて帰ってきてしまった。

帰りに買った猫缶を猫に食べさせる。

「一晩だけうちで我慢してくれよ。」

声に応えるように泣いてくれたのが可愛らしい。猫は食べ終わると寝てしまった。

ふと老人から買った本が目に入る。

何かこの本からは禍々しいものを感じる気がする。なんとなく手に取って開いてみると変な呪文が書いてある。

「"恋とはやる気、

ヘタレに叶えられるものに非ず。」

ダサいな、思わず声に出して読んでしまったが恥ずかしすぎる。本を閉じようとした時、頭の中で声がした。

「途中でやめられると思ってんじゃないわよ。」

女の子の声だ、いったいどこからだ。

「"やる気とは意思、内に秘めたる想いの丈"」

なんだ、これ声が止まらない、読みたくないのに。

「”意思とは強さ、想いの強さは総てを覆す"」

「もっと声出して読みなさい!!本気で読むの!!」

声は止まらない、強制されるように大きくなっていく。

「”我が命、全身全霊をもってこの恋を叶える事を誓う!"」

「最後はポーズを決めて全力で行きなさい!!」

少女の声がまた響く。

俺は右手を掲げて立ち上がり、全力で声を張り上げる。

「”ここに契約を誓う!恋を叶えし悪魔よ、ここに来れ!”」

同時に本から猛烈な光が発せられ俺の部屋は光に包まれた。

「あー、やっと出れた〜!やっぱりシャバの空気はうまいわねえ!いやもうあんた最後ノリノリだったじゃない。

ほんとにあんなくっさい呪文唱えるバカがいるなんて、貴方最高ね!」

目を開けると徐々に弱くなる光の中に人がいた。

女の子、、だ。

光に照らされた白銀の髪、雪原のよう肌に白く美しい肌の色、異質なほどに整った顔立ちは、

小さめな身長には似つかない強さを感じさせる。

この瞬間、彼女には誰をも引き込む美しさがあった。

ここで一つ気づいたことは、少女の背中に翼があること。

そう、黒い翼が、、、、、翼!?!??

「契約はここに結ばれたわ!貴方の余命はあと一年!生きたいなら貴方の恋を叶えてみせなさい!文字通り全身全霊!命をかけてね!!」

どこか満足そうな、自信に満ち溢れた笑顔でこちらに語る。


この時、俺は確信した。

これからの人生がこの少女との出会いによって大きく変わろうとしていることを。


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恋の悪魔(キューピッド)!? 森秋 @forestfall

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