ナンヤロナ……〜第四話〜「口内炎」

 山口杏奈は、定期的に発症する口の中の異物を発見し、

「何やろな〜腹立つ!また、口内炎出来てもうた……」

と、母の民代にほのめかす。

「あんた!お菓子ばっかり食べて、晩御飯ちゃんと食べんからやろ!」

 民代は杏奈を叱りつけた。

「うん……」

 口が裂けても、母の料理は不味いとは言えなかった。子供の頃、「不味い」と言ってから一週間もの間、全くご飯を作らなかった時があったからだ。

 口内炎の原因に、栄養不足がある。母は、それだけが諸悪の根源だと思っているようだ。

 杏奈は、ストレスからきているものだと思っている。営業職から事務職に異動してから口腔内に変化を及ぼしている。

 外回りの開放感がなくなり、室内に閉じこもって淡々と職務をこなす。それが、陰気臭くて目眩すら

覚える。会社に行く事が億劫になっているが、辞める勇気がなかった。もしかしたら、また営業職に返り咲くかもしれないという期待があり、今は我慢の時だと思っている。



 口内炎の悪化で、食事をまともに取れなくなってきた。いつもなら知らぬ間に治っているのだが、今回は違う。痛いし、邪魔だし放っておけなくなっている。

 明日、病院へ向かう事を決意した。大学病院の口腔外科に電話で事情を述べたら、何の障害もなく行きたい時間に予約が出来た。大学病院なので、今日の明日では予約が難しいとの真意であったので心から安心した。


 雨天でぐずついた空に少し億劫になる。湿気の重厚感に杏奈は、身体が細い蜘蛛の巣でまとわられているようで辟易へきえきする。

 自宅から車で30分の所にある高台の大学病院は、まさに「白い巨塔」であった。


 受付を済ませ待合室へ行き、女性誌を手に持ち腰掛ける。

 表題には「M1グランプリ優勝『サザン花』がスピード解散か!?」とあった。

 杏奈は「サザン花」のファンであるため、この報道はショックだった。でも、本当に解散するとは思わない。そうであって欲しいと願っていた。



「あ〜これは酷い口内炎ですね~レーザー治療をしましょう」

 鼻の穴が大きい変わった顔をした医師が、聞こえ難い声を放つ。体臭もキツい。従姉妹の麗奈の婚約者である小林医師とは正反対だなと強く思う。

 レーザー治療はすぐに終わった。

 醜い医師と一緒な空間に居たく無かったので、説明も掻い摘んで聞いた。


 口腔外科から出て、フロントに行く途中見たことがある人物がいた。小林医師だった。

 声を掛けようとすると、見知らぬ女が視界に入ってきた。二人は親しげに会話をしながら病院の外へと消えていく。

 杏奈は虫の知らせを感じ、二人を尾行する。小林医師と女は、同じ車に乗った。杏奈は、舌打ちをしながら追いかける。

 追いかけ続けたら、山奥まで来てしまった。そして、派手な外観で城の様な建物に小林医師を乗せた車が入って行く。そこはラブホテルだった。



「ピンポーン」

「こんにちは〜」


「は〜い!あら、杏奈ちゃん!お久しぶりやんな〜」 

 伯母の君代が顔を出す。

「麗奈ちゃん、おる?」

「おるよ~上がって〜」

 麗奈は、居間で携帯を見つめていた。

「杏奈〜久しぶりやな〜」

 満面の笑みで、杏奈を迎い入れる。

「これ、麗奈ちゃんの好きなタルトやで~」

「おいしそーありがとね〜」

「じゃあ、私の部屋行こか〜」

 麗奈は、立ち上がり手招きする。


「実はな~口内炎が悪化して、この前の金曜日、大学病院いってん。レーザー治療したからもう治ったんやけど……」

 杏奈は、紅茶を飲みながら麗奈に語った。

「レーザー治療?そんなんあるんや〜でも、口内炎は痛いし厄介やったやろ〜」

「うん。最悪やった。私、営業職から事務職に変わったやろ?それが辛くて……多分、口内炎はストレスやと思うわ~最近、麗奈ちゃんストレス感じる事ある?」

 遠くを見るような眼差しで麗奈に質問する。日の光に照らされた杏奈の横顔は少し麗奈に似ていた。鼻筋がスッとしていて唇の形も良い。

「私?ストレスかぁ〜あるよ~夜の駅で発見した吐瀉物で……ホントに毎回ドキっとするわ」

 麗奈も遠くを見つめた。

「嘔吐恐怖症やもんな〜小林さんには……伝えてあるん?」

 麗奈は視線を落とし、

「うん。小林さんの病院で胃カメラするってなって気絶してもうて……すぐに恐怖症の事言わなあかん状態やったから……」

と、ゆっくり話す。


 互いに一人っ子の二人は、麗奈の婚約者小林の事や、杏奈の趣味である射的の事等で話に花が咲いた。

 夕方になり、杏奈は麗奈の家を後にする。



 大学病院での出来事から杏奈は、定期的に小林を尾行した。今回の件で、時間外労働がほぼない事務職に異動して良かったと思う。

 尾行して得た知識は、金曜日に大学病院へ行き、あの見知らぬ女とホテルに行くという事。水曜日の夜に、小林の自宅で情事を重ねている事だった。




「ピンポーン」

「宅配便です〜」

 小林は、返事をしてドアの鍵を外した。

「静かにしろ!」

 宅配便の社員に扮した杏奈が、小林の胸に散弾銃を突きつける。

 小林は杏奈の指示に従い、寝室へ下がる。

 そこには、あの見知らぬ女が裸で立っていた。

 女は杏奈の姿を見て驚愕し、失禁してしまう。

「よくも、私の想い人……麗奈の事裏切ったな!!」

 銃声が街を包みこんだ。


 犯行から翌々日、杏奈の凶行が大々的に報道された。被害者である小林医師の写真と「木下あゆみ」という女性の写真を見た麗奈は、同期のあゆみであると認識した途端、「ひいぃぃぃ」とつんざく様な悲鳴を上げながらその場で気絶した。


終わり。

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