第62話 百色眼鏡の散光2-⑴


「参ったな。またしても天馬君が「家」にいないとは」


 港に浮かぶ世にも奇妙な船『幻洋館』に天馬を訪ねた流介は、いつもなら「おや飛田さん、どうしました」と窓を開けて呼びかける美貌の青年が不在だったことに肩を落とした。


「ううむ、いつもいつも安奈君を頼るというのはどうにも芸がないが……致し方ない」


 天馬の許嫁で地下に『秘密のカフェ―』を持つ酒屋を訪ねるべく、流介は宝来町へと足をを向けた。


「ごめんください」


 流介が土蔵造りの酒屋の入り口で声を上げると、和装の美少女が「はあい」と姿を現した。この店の看板娘にして地下にある秘密のカフェ―『匣の館』の主、安奈だった。


「あら、飛田さん」


 流介はどこかほっとしつつ、しかし安易な期待は禁物だと自らを戒めた。天馬の許嫁でもあるこの美少女は、時々身も蓋もないほど現実的なのだ。


「例によって天馬君を探しているんだが、居場所を知ってはいないかな」


「うふふ、私がいつも天馬の居場所を心得ていると思ったら大間違いですわ」


「そうか、そうだろうな」


「あら、駄目ですよ人の言うことをそう簡単に信じてしまわれては」


「えっ」


「天馬なら大十間さんの新しい船に同乗してますわ。明日も夕方まで湾内を船で移動すると言ってましたから、明後日にでも『幻洋館』を訪ねてみてはいかがです?」


「なんと、やっぱり把握してるじゃないか。人が悪いなあ」


「とんでもありません。飛田さんのお人が良すぎるだけですわ」


 安奈は怖いことをさらりと言うと、いつものからかうような笑みを流介に向けた。


「ところで今回はどんな謎に悩まされているんです?」


「人を探してるんだけどね。それが、ちょっと雲を掴むような話なんだ」


「面白そうですね。ちょと話していただけません?ひょっとしたら飛田さんの方が天馬より先に答えにたどり着くかもしれませんわよ」


「おいおい、変なことを煽るのはやめてくれ」


 流介はさすがに天馬の許嫁だけのことはあると呆れつつ、宗吉が蕎麦屋から託された謎の文言について語った。


「なるほど、『太夫』というのは遊女のことですね。それもかなり上の方の。そんな方に会って物を渡せだなんて随分と無茶なお願いですね。その女性が働いているお店が見つかったとしても、よほどのお金持ちでなければ会えませんもの」


「なるほど、言われてみればそうかもしれないな。……いやいや、何か方法があるはずだ。例えばお店の人に渡してもらうとか。天馬君でなくたって、そのくらいの知恵は出せるぞ」


「うふふ、そうですわね。私も同じことを考えました。いっそのこと、天馬に会う前に解決なさってはどうかしら?」


「君もあり得ないとわかっていて随分と悪趣味な難題をけしかけるなあ。……まあいいや、できる範囲で調べてみるよ。ありがとう」


 流介は安奈に礼を述べると、いま一つ意気が上がらないまま新聞社の方角に足を向けた。



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