第57話 小天狗堂の彩光4-⑷


「この市場で……?」


 七兵衛が疑わし気な顔になると、時雄が「僕が説明します」と言って前に進み出た。


「ここに集まっている皆さんは、以前はばらばらに小商いをしていて盛り上がりにも限りがありました。しかし、ここに集まって市を開くことで、地元の人たちが集う場所ができると思うのです」


「ううむ、しかし商いという物はそれぞれにやり方があるのだが」


「わかっています。でも一軒一軒それぞれのやり方でそろばんを弾いているより、互いに色々な物を融通し合って商いをした方が品物も安くなり売り上げも伸びるはずです。……郷田さんのお店も市場に加わってもらうわけにはいきませんでしょうか」


 時雄が深々と頭を下げると、文芽も一緒に「お父さん、お願いします」と頭を下げた。


「……わかった、学校のことも含めて考えておこう。だがまだ、一緒になることまで許したわけではないからな」


「ありがとうお父さん」


 文芽が目に涙を浮かべながら言うと、空気が緩んだのを見計らって天馬が「郷田さん、お店の前にこれを飾ってはいかがです?」と天狗の羽根団扇を取り出してみせた。


「天狗の団扇を?」


「ええ。羽根団扇は火事を起こす風の元でもあるのですが、逆にこの団扇を大事にしていれば大火で店が焼けるような災いも防げるのではないでしょうか」


「なるほど、胸に燻ぶる火種があったとしても、こいつがあればすぐに消せるという訳か」


 七兵衛は天馬から団扇を受け取ると、文芽の方を見て少しだけ照れた口調で言った。


                ※


「ああ、おいしいっ。こんなの初めて食べたよ」


 文芽たちの店の裏手に作られた小さな屋台で、正志は出されたハンブルグ・ステーキを頬張るなりそう叫んだ。


 こしらえたのは肉屋の助っ人として市場に加わった料理人、名栗千都なぐりせんとだった。


「おいしいかい坊や。そいつは良かった」


「……ねえ名栗さん、うちのひき肉を使ってることも言っていい?」


 脇からそう問いかけたのはやはり助っ人で来ている肉屋の娘、羽瀬川雪乃はせがわゆきのだった。


「こんな風に自分の店だけでは賄えない食材を融通し合えば、この街の人たちも色々な国の食べ物が当たり前に食べられるってわけだ。……坊やもたくさん食べて大きくなれよ」


 千都と正志の微笑ましいやり取りを眺めつつ、流介は傍らの桃音に「これで本当に烏天狗の出番もなくなったわけだ」と言った。


「飛田さん、写真のからくりは全て話したけど、私は烏天狗がいないとは言ってないわ」


「ああ、そうだね。……じゃあ、あの五枚目の写真に写っていた烏天狗だけは「本物」だったってことにしておこうか」


 流介がそれでいいだろうと囁きかけると、桃音は「うん」と言って満面の笑みを浮かべた。


              〈了〉


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