第56話 小天狗堂の彩光4-⑶
「お父さんごめんなさい。私、いきなり大きなお店を継ぐよりもこうした市場の中のお店の方が好きなの」
文芽は問い詰めんばかりに息を荒くしている七兵衛に、消え入りそうな声で言った。
「だからといってこんな……では、正志が天狗に連れ去られたというのは真っ赤な嘘だったのだな」
七兵衛に睨み付けられた桃音は「ごめんなさい、お父さん。……ここまで来たから言うけど、姉さんを学校に行かせてあげて」と言った。
「なにっ?」
七兵衛が色を成すと、今度は長女の文芽が妹をかばうように「お父さん、桃音を叱らないで。酒蔵の将来が心配なのはわかるけど、後を継ぐのはもう少し大人になるまで待って欲しいの」と言った。
「もう少しだと……」
「お父さん、紹介します。市井洋物店の息子さんで時雄さん。うちの仕事を手伝ってもいいって」
「はじめまして郷田さん。末広町と大町で洋物屋をやっている家の息子で市井時雄と言います。今は日和坂の方にできた商いの学校に行っています。卒業したらここの仕事を手伝いながら、もし文芽さんが女学校に戻れたら卒業するのを待ってご挨拶にうかがうつもりです」
「挨拶だと?……まさか文芽を君の家に連れてゆこうというのかね」
「逆です。僕は三男坊なので文芽さんの商いを陰でお手伝いするつもりです」
「君が……」
「お父さん、時雄さんがお婿さんに来てくれたら私も姉さんを手伝うわ」
桃音が突然、言葉を挟むと七兵衛が「なんと」と呟き目を見開いた。
「その代わり……」
「その代わり?」
「正志を時雄さんと同じ商いの学校にやって欲しいの。できたばかりの学校だけど正志が大きくなるころには生徒も増えているに違いないわ」
「もしかして烏天狗騒ぎを仕掛けたのは、お前だったのか」
七兵衛が次女を睨み付けると文芽が「お父さん、桃音を責めないであげて。私が「市場で働きながらだったら学校に行けるんじゃないか」って時雄さんに相談したのが始まりなの」と涙声で言った。
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