第55話 小天狗堂の彩光4-⑵


「本当ですかっ」


 通りの向こうから声が聞こえ、天狗の置き土産を信じ始めた七兵衛と仕掛け人である桃音が息せき切って現れた。


 桃音は「お父さん、私もう少し先を見てみるわ」と言って父親をその場に残すと、流介の方に向かって駆けて来た。


「うまくいったみたいだね」


 目の前まで来た桃音に流介が声をかけると、桃音は「ありがとうございます、あと少しです」と言って亀田川に近い通りへと走り去って行った。


 七兵衛の娘を思う気持を利用するのは気が引けたが、桃音、天馬、流介とつないだ「羽根の道」は亀田川を超えて徐々に目的の通りへと迫っていった。


「……んっ?おかしいな。この辺はしもた屋みたいな商店ばかりのはずだが」


 練兵場――千代ヶ岱陣屋跡の近くで足を止めた七兵衛は、通りの向こうに見える家並を見て不思議そうに首を傾げた。さして長さも幅もない通りの左右には肉屋、魚屋、青果店、かまぼこ屋など様々な店が軒を連ねていたのだ。


「桃音、あんなところに市場なんてあったかな」


「行ってみましょう、お父さん。天狗がいるかもしれないわ」


「市場にか?」


 七兵衛が訝し気に返すと、先を歩いていた天馬が「こっちにもあります!しかも続いてます」と興奮した声を上げるのが聞こえた。


 ――なるほど、あのくらいわざとらしいほうがいいのか。


 流介は天馬の千両役者ぶりに呆れつつ、天馬と合流すべく通りを進む足取りを速めた。


「ここです、この先に見える店の前で「羽根」が消えています」


「消えている?」


「はい。まるで天狗がお店に吸い込まれたみたいにぷっつりと消えています」


「そんな馬鹿な……」


 半信半疑の七兵衛と共に赴いた建物はなんと『郷田商店』と看板を掲げた小さな店だった。


「覗いてみましょう」


 天馬に促され店を覗きこんだ七兵衛は、出迎えた店員を見た瞬間「あっ」と声を上げた。


「お前、どうして……」


 若い男性と肩を並べて店先に立っていたのは寝込んでいたはずの長女、文芽あやめだった。


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