第46話 小天狗堂の彩光2-⑴


「正志君が戻ってきた?」


「ええ。郷田商店と取り引きのある松風町の乾物屋さんが、小耳に挟んだのだそうです」


 安奈から思いがけない話題を切り出された流介は、思わず酒粕味のアイスクリンを食す手を止めた。


「それは見つかったのではなく自分で帰ってきた、という事かい?」


「ええ。祭りが終わった二日後、亀田八幡様に郷田さんとお母さんがが見つかるよう願を掛けに行ったら、林の中からひょっこり現れたそうよ」


「ふうん……御伽草子みたいな話だな」


 流介は首を傾げると「でもまあ迷子と言うには時間が長すぎるし、やっぱり神隠しとと考えた方が良いのかなあ」と付け加えた。


「一家でほっとしたことは疑いないでしょう。ただ文芽さんという上のお姉さんは、まだ気が塞いだままのようです」


「親は子のことで、子たちはそれぞれのことで、悩みの尽きぬ家庭のようだな」


「大きな商家だからたまたま知られていますけど、どこの家でもそれなりに悩みと言うのはある物だと思います」


「うん、きっとそうなんだろうな。やたらと嘴を突っ込んでもよいことはないだろうし」


「写真のこともいったん、胸にしまっておいた方がいいのかもしれませんね」


「まずは一件落着か」


 流介は胸の奥につかえを残したまま頷くと、アイスクリンの続きに取り掛かった。


               ※


「飛田さん、このあたりに僕が行っていた弥生小学校があるんですよ」


「また小学校自慢かい瑠々田君」


 取材がてら弥右を連れて実業寺の方に向かっていた流介は、ふいにそう切り出され雑なあしらいを返した。


「……そう言えば桃音さんのお姉さんは、女子小学校を中等部で辞めさせられたっていっていたな」


「そうなんですか……もったいないですね。これからは女子も学びが必要になるだろうし、家が商売を営んでいたとしても学校だけは行かせた方がいいと思います」


「ほう、まともなことを言うじゃないか。僕も同意見だが、こればかりは家庭の問題だからね」


 郷田家のことを思い出し、自分まで塞ぎの虫に取りつかれたかと流介がため息をついた、その時だった。


「やあ飛田君。そろそろ説法を聞きたくなったかな」


「住職」


 坂の下にさしかかった流介たちにそう声をかけてきたのは実業寺の住職、日笠だった。


「なんだか見習い君と違って顔が暗いな。何でも打ち明けるがよい」


「実は……」


 流介が千代ヶ台付近で見聞きしたあれこれをかいつまんで話すと、住職は「酒蔵の一家はともかく、その烏天狗の話は気になるな。……よし、明日は『港町奇譚倶楽部』の例会がある。ひとつその写真の話をお題とさせて頂こう」


「はあ……」


 こちらの答も待たずに話を進めてゆく住職に、流介は半ば諦めの混じった相槌を返した。


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