第45話 小天狗堂の彩光1-⑻


「おやっ、あれは……」


 流介は雑貨屋の前でぐずっている若い女性に気づき「おおい、亜蘭君」呼びかけた。


「あれっ、飛田さん。……それに天馬さん、お祭りに来ていたの?」


 浴衣姿の亜蘭が目を丸くすると、傍らに立っていた兄の兵吉が「こんにちは飛田さん」と丁寧に一礼した。流介が取材のついでに祭りを見に来たことを告げると亜蘭は「ふうん、そうなんだ」と少しばかり恨めし気な目をして言った。


「……あ、そうだ兄さん、お化粧品や小物のお店もあるみたいなの。せっかくのお祭りなんだしどれか買ってくれない?」


「そういう物は大抵、山の手でも買えるし普段の日の方が安いよ」


「ちょっと兄さん、お祭りなのよ。安いとかそんな話じゃないでしょ」


 堅物の兵吉らしい身も蓋もない言い方に、亜蘭が頬を膨らませたその時だった。


「すみません、この辺で十歳くらいの男の子を見ませんでしたか?」


 弱り切った顔でそう尋ねてきたのは三十二、三歳と思われる商人風の男性だった。


「子供ですか。申し訳ありませんがたくさんいすぎて……どんな子なんです?」


「丸坊主で浴衣を着た子です。なるべく目を離さないようにしていたのですが……」


「最後に見たのははどこですか?」


 弱り切っている男性に、兵吉が訪ねた。


「金魚すくいの所だったかな。そこから少し行ったところで急にもよおしたと言いだして、境内を外れた林の中に入っていったのです」


「林の中にはいなかったんですね」


 男性は頷くと「何度も探したんですが……」と肩を落とした。


 兵吉が「これはまずいな」という顔になった瞬間、ふいに近くから「お父さん、もしかしたら正志ただし、天狗に連れて行かれたんじゃない?」という声が聞こえてきた。男性の傍らに立っていた声の主はなんと、先ほど酒蔵の前で会った少女――桃音だった。


「天狗だって?」


「ほら、この前言ってたじゃない。早く大きくなって姉ちゃんの代わりに働きたいって」


「その話は確かに聞いたが、天狗を持ちだすのは感心しないな。お前ももう十二歳だろう」


 父親にたしなめられ、桃音は俯いて押し黙った。


「とにかく、私も一緒に探しましょう」


 兵吉が言うと、桃音の父親は驚いたように「あなたが?」と声を上げた。


「はい。私はこう見えても巡査なのです。……亜蘭、悪いが鳥居の所で待っていてくれないか。ちょっと迷子探しを手伝ってくる」


「わかったわ兄さん。あまり遅くならないでね」


 亜蘭が不安げに言うと、兵吉は「ああ」と厳しい表情で返した。


「飛田さん、陽が陰ってきました。僕らも協力したいところですが、足手まといになっては本末転倒です。そろそろ帰りましょう」


 天馬に言われ天を仰いだ流介は、色が変わり始めた空を見てなるほどと思った。


「そうだな。……じゃあ兵吉さん、亜蘭君、僕らはこの辺で」


「ええ、お気をつけて」


 流介たちは父娘と平井戸兄妹に別れを告げ、賑わう境内を出口の方に向かって歩き始めた。


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