第44話 小天狗堂の彩光1-⑺


「ううむ、やはり賑わっているなあ」


 亀田八幡の境内に足を踏み入れた流介は、取材を終えた安堵感からか参道を埋め尽くす出店を片っ端から冷やかし始めた。


「おや、いい匂いがしますね。すぐそこのお店からのようです。覗いてみませんか」


 天馬に促されるまま屋台を覗いた流介は、突然見知った顔と出くわし「あっ」と叫んだ。


「雪乃君じゃないか」


 屋台で焼き鳥を焼いていたのは末広町の肉屋の娘、雪乃だった。


「あら飛田さん、例大祭へようこそ。焼き鳥召し上がって行きません?」


「ううん、どうしようかな。売れ行きの方はどうなんだい?」


「おかげさまで上々よ。飛田さんと天馬さんなら五厘のところ三厘にしておきますけど?」


「参ったな……ちょっと一周してから考えるよ」


「あら、つれないお返事。……お待ちしてますわ」


 焼き鳥の屋台を離れた流介があちこち眺めていると突然、気になる光景が目に飛び込んできた。


「あっ、あれはジョナサンじゃないかな?」


 屋台の列から外れた一角でお手玉や棒を器用に放り投げている人物に、流介は惹きつけられた。よもやまたしても知り合いを見つけるとは。


 ――こうしてみると商いの街だけあって、屋台の中にも知っている顔が多いな。


 流介が参道を不思議な気持ちで進んで行くと、いきなり「やあ、この間の兄さん達じゃないか」と脇から声が飛んできた。


「あっ、あなたは……」


 西洋の物と思われるからくり玩具を動かして子供たちの目を惹いていたのは『小天狗堂』の主だった。


「こんなところにも来ていたんですね」


「ああ、ひと稼ぎしようと思ってね。がらくたで人目を惹けるかと来てみたんだが、見ての通りさっぱりさ。昔はいかさま写真やいんちき手妻で小銭を稼げたんだが、この街に花夢が来たのですっかりやりづらくなってしまった」


「ご主人、花夢さんとお知り合いなんですか?」


「得戸にいた時は一緒に商売もしたよ。だがあいつは私がいんちき商売を始めると「やっていられない」と距離を置き、挙句の果てに私のやることにいちいちけちをつけ始めたんだ。自分だっていかがわしい見世物興業をしているというのにね」


 店主は一気に憤懣をぶちまけると、「まったく、世知辛くなったもんさ」とぼやいた。


 ――なるほど、屋台や縁日にも商いを営む人たちの生きざまが滲んでいるというわけだ。


 西洋の将棋らしき物に興じている男たちを眺めている天馬に、流介がそろそろ行こうと声をかけようとしたその時だった。

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