第43話 小天狗堂の彩光1-⑹


「……君は?」


 流介が尋ねると、少女は「桃音とね」と短く答えた。


「このうちの子だね?」


「そう。……それでどんなことを、聞きたいの?」


「そうだな……まず、烏天狗の写真を撮ったのは君?」


「そうです。弟と代わる代わる撮りました」


「じゃあ、本当に烏天狗を見たと言うんだね?」


「はい、見ました。弟が上の姉さんを助けようと「早く大きくなりたい」って言ったら天狗が「しばらく山で修行することになるぞ」って言ったんです」


「修行?大きくなりたいってどういうことだい?」


「姉さんはうちの商いのために一日でも早くお婿さんを貰わなけりゃって言ってるんですけど、本当は女学校に通いたいんです。弟はそれを知っていて、自分が大きくなってお婿さんが来るまでの間、お店を手伝いたいって思ったんです。そうすれば姉さんが女学校に通えるって」


「もう一度聞くけど、本当に仕掛けがあるわけじゃないんだね?」


「……うん」


 ――参ったな。このやり取りだと、おとぎ話めかした書き方じゃないと記事がまとまらない。


「わかったよ、ありがとう。君たちが写真を撮った八幡様にお参りして帰るよ」


 流介が八幡に寄ることを告げると、なぜか桃音の表情が固くなり「待って」と言った。


「もう一枚、見せてあげる。最後に撮った奴」


「本当かい?」


「うん……ちょっと待ってて」


 そう言って少女が持ってきたのは、他の四枚と同じように烏天狗と桃音とが階段のところで触れあっている写真だった。だが、他の四枚と違うのは上に向けて手を伸ばしている烏天狗の手と桃音の手が触れそうになっている点だった。


「これは……他のとは違うな。本当にこの場所に天狗が来ているかのようだ」


「ふうむ」


「天馬君、どう思う?」


「そうですね……」


 天馬は桃音が持ってきた写真に目を落とすと、『小天狗堂』で四枚の写真を見た時とは打って変わって真剣な表情になった。


「これ、新聞に載せてもいいかい?」


「……だめです」


 桃音は顔を強張らせると、流介の頼みを即座にはねつけた。


「そうか」


 流介はがくりと肩を落とすと、「急に押しかけてすまないね。写真をありがとう」と言った。


「さて、思いのほかあっさりと断られてしまったし、写真が撮られた亀田八幡にお参りでもして帰るとするか」


 桃音が建物の中に姿を消すと、流介はここまでだなと思い取材の締めくくりを提案した。


「御参りもいいですが、今日は八幡宮例大祭の日ですよ。せっかくだから縁日を冷やかして行きませんか」


「縁日?……そうか、今日はお祭りだったのか」


 流介はあたりを見回すと「道理で何だか人出が多いと思った」と得心がいったとばかりにうなずいた。




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