第42話 小天狗堂の彩光1-⑸


「ここだな、安奈君が言っていた酒蔵は」


 流介と天馬は奥に倉を構えた大きな建物の前に馬車を止めると、『郷田七兵衛商店ごうだしちべえしょうてん』と書かれた屋号付きの看板をあらため、頷きあった。


「ところで天馬君、あの『小天狗堂』で見た四枚の写真、君はどう思う」」


「そうですね。確かに奇妙な写真です。烏天狗らしいものが映っていることは確かですが、だからと言って子供たちがあやかしに会ったということにはなりません」


 天馬は謎かけのような言葉を返すと、戸口に向かって「こんにちわあ」と言った。


「――はい」


 引き戸を開けて顔を出したのは、使用人らしきひょろりとした男性だった。


「すみません、急で申し訳ないのですが清酒二升と酒粕を少々、用立てて貰えますか」


 普段から商いを手掛けているだけあって、天馬は覚書も見ずに物慣れた口調で言った。


「ええと、清酒二升と酒粕ですね。承りました」


 戸口に立った若い使用人は流介たちを酒屋の遣いだと思ったのか、愛想よくそう答えた。


「あの……それともうひとつ用件があるのですが」


「はい、なんでしょう?」


「ここの店のお子さんがとても不思議な写真を撮られたとうかがったのですが、本当でしょうか?」


「あ……ええ、本当ですよ。思いがけず噂が広まってしまって旦那様も戸惑っているようです」


「実は、私たち……」


 さあ、ここだと流介は思った。記者だと打ち明けたことで警戒され、話をするのを拒まれたら目も当てられない。


「新聞に読物記事を書いていまして、匣館の不思議な話を聞いて回っているのです」


「新聞の読物……ですか」


 使用人は懸念通りの警戒を見せると、「知っていることを迂闊に漏らすのは、抵抗があります。旦那様にお目玉を喰らうだけならよいのですが、奥様やお子様たちのこともありますし」と態度を固くした。


「そうですか……なら仕方がありませんね」


「では、お品の方を用意して参ります」


 使用人が店の奥に姿を消すと、天馬は「まあ、予想通りのあしらいですね」と言った。


「予想通り?」


 流介が訝しむと、ふいにどこからか「烏天狗のことを聞きに来たの?」と声が聞こえた。

 

 ――誰だろう、声の高さからすると子供のようだが……


 流介があたりを見回すと、建物の陰から十歳くらいの少女が姿を現した。

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