第41話 小天狗堂の彩光1-⑷


「やあ、このあたりは広場なんだ。荒れ地じゃなくちゃんと整地されてるようだし、何か大きな物でも建つのかな」


 亀田川を渡ったところで流介が声を上げると、御者を買って出た天馬は馬車を止め「練兵場ですよ」と言った。家や商店が立ち並び、それなりに賑わう通りに何かを取り去った跡のような隙間が開いているのは何とも気になる眺めだ。


「練兵場か。この先の五稜郭にもあるようだけど、随分とあちこちにあるんだね」


「ここは元々、千代ヶ岱陣屋という幕府の拠点があったのですよ。先の戦争でなくなってしまいましたが」


「へえ、そんなことがあったのか。どうもこの辺りにはなじみが無くて」


「つい二十年ほど前のことですが、飛田さんでもご存じないんですね。あの戦争の後、風景も一変してしまいました」


「そうは言うが先の戦争の時と言うとまだ、赤ん坊だったからな」


「今は新政府が津軽要塞の拠点として使っていますがこのあたりの人たちにとっては中島三郎助さぶろうすけ親子の無念を偲ぶ地という思いが強いのです」


「中島三郎助さんというのは?」


「戊辰戦争の時、榎本公と共に戦った幕臣ですよ。降伏を拒んでこの地で息子たちと亡くなりました。いうなれば最後のサムライです」


「そんな人物がいたとは……どうも目まぐるしい開化の話題を追っているうちに、戦争以前のことにとんと疎くなってしまったようだ」


「そういう物ですよ。特に商都というものは、目先のことに敏くなければやっていけません」


「そうだろうね。でも……」


 流介がもはや存在しない陣屋の面影を広場の上に思い描こうとした、その時だった。流介たちの馬車とは別の馬車が少し離れた場所に止まり、二つの影が路傍に降り立った。


「ここもきれいに片付いちまったなあ、榎さん」


「うむ、中島と息子たちが生きていればと思うと、無念でならぬ」


 流介ははっとして背筋を伸ばすと、「すまん天馬君、悪いけどちょっと降りるよ」と御者台の天馬に言った。


「どうしたんです?」


「あの二人……梁川隈吉翁と榎本公だよ」


「……おや本当だ」


「ちょっと近くまで行ってみるよ」


 流介は馬車を下りると、二人のいるあたりにそっと近づいた。


「われもまた 死士と呼ばれん白牡丹……か。つくづく先の戦争では惜しい男たちを無くしたものだ」


 榎本公が呟く声にそっと耳を傾けていると、流介に気づいたのか傍らの隈吉がふいにこちらを向いた。


「おう、天馬の友達の記者さんじゃねえか。珍しいところで会うな」


「あ、ご無沙汰してます。あの、ええとこちらには政府のお仕事か何かで?」


「いや、二十年前はここに大きい陣屋があってな。榎さんたちと戦った中島って男を偲びに来たんだ」


 隈吉が友達と散歩に来たような口調で言うと、隣の榎本が「隈さん、そろそろひと息つこう。ここにいるとどうしても戦争や中島のことばかりを思いだす」


「そうだな。……じゃあ記者さん、天馬たちのことをよろしく頼むよ」


「は……はいっ」


 隈吉たちを乗せた馬車が走り去ると、流介はふうと息を吐いて強張っていた肩をほぐした。


「いやあ、やはりすごい人たちは気迫が違う。前に立っただけで冷や汗が出たよ」


「ふふっ、あの先輩たちだって最初から凄い人だったわけじゃないと思いますよ。僕らだってこれからどんな荒波にもまれるかわかりません」


 天馬はそう言うと「さあ、お昼もだいぶ過ぎたことだし、本来の目的地に向かいましょう」と言った。


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