第40話 小天狗堂の彩光1-⑶
「ふう、さてなんのつてもないまま飛び込んでもおそらく袖にされるに違いない。何とか顔の広い人に頼んで……」
流介があれこれ取材の手順を組み立てていると傍らで突然、荷馬車が土ぼこりを巻きあげ止まった。
「やあ飛田さん。また取材ですか。勢が出ますね」
御者席に座って荷馬車を走らせていたのは新聞社の通訳にして伝馬船の船頭、水守天馬だった。
「天馬君、随分と荷物が多いようだが、伝馬船の商いはやめて陸に上がることにしたのかい?」
「いえ、これは安奈に頼まれたんです。牛乳を使った飲み物を作ってみたいとかで」
「ふむ、酒屋なのに牛乳とは工夫好きの安奈君らしいな」
「飛田さんはまた奇譚集めですか。表情がさえないところを見ると材料が足りないか、手に負えない噂を聞いてしまったかのどちらかでしょう」
「勘が良すぎるよ天馬君。実はある奇妙な写真を見てしまってね。どのような人物が撮ったものか中島町の方に聞き込みに行ってみようと思っていたところなんだ」
「中島町?あのあたりなら安奈が取引している酒蔵があってよく行っていますよ。もしかしたらその家も知っているかもしれません。話を聞きたいのなら店を訪ねて見てはいかがですか?」
天馬はそこでいったん言葉を切ると「ああでも、その雑貨屋さんで見たという写真、僕も見てみたいですね」と言った。
「飛田さんにとっては今更になりますが、いったん青葉町まで引き返してもいいですか?」
「僕は構わないが……道草なんかしたら酒屋に到着するのが遅れるんじゃないのかい」
「そうですね、烏天狗より安奈の方が恐ろしいかもしれません」
流介も思いはしたがあえて言わなかったことを、天馬は無邪気な表情でさらりと言ってのけた。
※
「そのお家なら存じてますわ。うちが取引している酒蔵さんですもの」
「えっ、本当かい」
「たぶん。お子さんたちが撮った写真が噂を呼んでしばらくの間、亀田のあたりでは『小天狗のあやかし写真』って言われていたそうです」
「ふうん、変わった子たちってことかな」
流介が問いを重ねると、安奈は宙を見つめ「そうですねえ」としばし沈黙した。
「聞いた話ではそう変わってもいないようですけど。お子さんは三人いらっしゃって、一番上の娘さんが最近、塞ぎがちだとおっしゃってました」
「塞ぎがち……?」
「はい。なんでもお父様、つまりお店の旦那様ですね……が病気がちで早く婿を貰って跡を継げとせっついてるようなんです」
「その、上のお姉さんはいくつなんだい?」
「まだ十四だそうです」
「十四……」
「そんな事情もあって、八年ある女子小学校を中等部までで辞めてしまったとか。それが塞いでいる理由かもしれません」
「ふうん……なるほど。あの写真に写っていた二人はせいぜい十歳くらいに見えたから、下の二人ってことなのかな」
「そうかもしれません」
「その子たちに話を聞いてみたいんだが……場所と名前を教えてもらえないかな」
「構いませんわ。ただ条件があります」
「条件?」
「はい。天馬と一緒にお酒を二升ほど買ってきて欲しいのと、それから酒粕を少々頂いて来てほしいんです」
「ははあ、お遣いか」
「飛田さん、これが安奈のいつもの手です」
天馬が囁くと、安奈が「聞こえてるわよ」と言わんばかりの目で天馬を軽くにらんだ。
「もし、首尾よく買ってきていただいたら私が今、考案中の酒粕入りアイスクリンをお出ししますわ」
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