第39話 小天狗堂の彩光1-⑵


 写真は全部で四枚あり、十歳になるかならないかの男の子と女の子が階段に座って天狗を見つめたり手を伸ばしたりしている風景だった。烏天狗は絵草子などにある通りの、山伏の格好に大きな団扇、そして人とは思われぬ嘴のついた恐ろしい顔をしていた。


「亜蘭君、君の家は写真館だけどこれを見てどう思う?」


 流介が尋ねると、亜蘭は無言で頭を振ったあと「わからないわ」と言った。


「すごく現実味のある烏天狗だけど、なんだかちょっと変でもある気がするの」


「変?」


「ええ。それがなんなのかはわからないけど……」


 流介はひとしきり写真に見入った後、思いきって奥にいる店主に声をかけた。


「ご店主、この写真、お借りすることはできませんか」


「そりゃあ無理だね。これは亀田の方に住んでる一家の、写真を撮った子供たちの親御さんに頼んで借りたんだ。宣伝に使わせてくれってね。八幡様のお祭りで出す店で飾った後はすぐ返すことになってるんだ」


「亀田八幡の……そうでしたか」


 流介は軽く打ち萎れると、借り物では仕方ないと素直に引き下がった。


「どう飛田さん、記事になりそう?」


 店を出た流介に、亜蘭が探るような目で尋ねた。


「ううん、難しいな。写真を撮った子供の家を訪ねる口実でもあれば話を聞けるんだが……」


「もし、写真の話を聞きに行くのなら、私も助手として連れて行ってください。うちの仕事柄、不思議な写真の話には目が無いんです」


「助手って、まだ正式に写真部の仕事をもらっていないんだろう?」


「ええ、でも飛田さんの助手っていう形なら写真部の先輩も許しくてれると思います」


「いやあ、それはどうかな」


 流介が返答に詰まった、その時だった。


「やあ亜蘭じゃないか。……ええと、君はいつかの記者君だね?」


「あっ、芦谷さん」


 流介たちの前に現れたのは、芦谷朋介という亜蘭の親戚筋に当たる商人だった。


「ちょうどよかった。ついこの間『ポオ』の弟と妹が生まれたのだが、顔を見て行かないかね」


「えっ、でも……」


 亜蘭は返答に詰まると、本当に困ったように眉を寄せた。ポオというのは亜蘭が飼っている黒猫のことだ。


「亜蘭君、写真を撮った子たちは僕が取材してきて首尾を教えるよ。構わないだろう?」


「うーん。……はい」


「もっともまだどこの家かもわからないし、取材できるかどうかも怪しいけどね」


 流介はまだ未練がありそうな亜蘭を見送ると、烏天狗の写真を頭から払った。


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