第47話 小天狗堂の彩光2-⑵


「それではただ今から『港町奇譚倶楽部』の例会を始めたいと思います。本日、ホスト役を務めて下さいますのは実業寺の日笠住職です」


 安奈は自身が切り盛りするカフェー『匣の館』で、奇譚好きの名士たちが催す推理合戦の開会を厳かに告げた。


「今回のお題は、亀田の方で酒蔵を営む家の子たちが撮った写真にまつわる不思議についてです。そうですね、題名は『小天狗堂あやかし事件』とでもしましょうか」


 日笠はテーブルを囲んだ二名と謎の提供者である流介にそう告げると、えへんと咳払いをした。日笠以外の正会員は谷地頭の料亭『梁泉』の女将である浅賀ウメと、大町で『ハウル社』という貿易会社を経営している英国人ウィルソンだった。


「それでは謎の中味について説明いたしましょう。中島町の酒蔵『郷田七兵衛商店』の三人のお子さんのうち、下の二人が亀田八幡宮の境内で写真を撮りました。その写真とは、階段に座っている二人の子供の真ん中に五寸ほどの烏天狗がいる……という物です」


 日笠が烏天狗のくだりを口にすると、ウメとウィルソンが目を丸くし「嘘でしょう?」という表情を見せた。


「この写真は酒蔵の近所一帯で噂となりましたが、青葉町の雑貨屋さんで飾られたのをきっかけに怪異ではなく見世物に近い扱いとなって騒ぎは収まりました。……ですが、姉弟きょうだいが写真を撮った直後に弟の方が突然、「神隠し」に遭ってしまったのです」


「なんと、今時神隠しですか」


「はい。……といっても二日後には自分から姿を現し、その後は何事もなく家にいるそうです。ちなみに姿を消していた間、どこで何をしていたかは覚えていないそうです」


「ふむ、神隠しにはありがちな話ですな」


「写真から考えられることは二つです。本当に烏天狗が存在したか、写真自体がなんらかのかどわかしであるかです」


 日笠はいったん言葉を切ると、神妙な顔で聞き入っている二人を代わる代わる見遣った。


「どちらの立場から推理をされても構いません。ご意見を聞かせて頂きたいと思います」


 日笠が発言を促すと、ウィルソンが手を挙げ「では、私から推理を述べさせていただきたきたく思います」と言った。


「まず、烏天狗の写真でありますが今世紀も半ばを過ぎ、以前は大流行りだった心霊騒ぎも昨今では下火になりつつあります。すなわち、あやかしとはこれすなわちまやかしの別名にほかならないのであります」


「何らかのからくりがある、とそうおっしゃりたいのですね?」


「さよう。もっともありそうな答えとしては精巧な人形のたぐいである、という物があります。五寸足らずの身体に果たして生きた人間のような顔をつけられるのか――もちろん、人形浄瑠璃など極めて緻密な細工を得意とするこの国の職人なら造作もないことです。

 そしてそのような人形を手に入れた子供たちが、これまた最新の道具である写真機までも手にしてしまったらどうなるか。当然、摩訶不思議な写真を撮ってみたくなるに違いありません」


「そのことは写真機を貸し与えた父親は気づいていたのでしょうか?」


「当然、すぐにわかったはずです。しかし大きな商家ゆえ、商いに水を差すようないかがわしい噂が立つことはできれば避けたい。そこでわざと知り合いの『小天狗堂』に写真を見せて店に飾るようそれとなく勧めたのです。

 不思議な品があふれる店内に不思議な写真があれば、いつの間にか皆「そういうもの」として受け入れてゆくと踏んだのです」

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